どーーーーーん!!
チコ「きゃっ! な、なんなのっ!?」
私は、いきなり気持ちよく眠っていたベットから跳ねとばされた。
チコ「…まったく…きゃっ!」
船がまた大きく揺れた。
まったく、あの2人は何やってんのよぉ…。
今日の宿直は、ベンさんとユウさんの2人。
私は、急いで寝間着の上にコートを引っ掛けると、ブリッジへ向かった。
チコ「いったい…、きゃぁーーーーっ!!」
ブリッジへと駆け込んだ私の目の前に、ものすごい勢いで迫りくる巨大な岩の塊。
それは私の頭の上をかすめて通り過ぎると、天井のディスプレイの外へ抜けていった。
私はその場にへたりこんだ。
ベン「うっせーぞ! 静かにしてろ!」
驚いて腰をぬかしている私に、ベンさんは振り向きもせずに言った。
どうやら、操縦はユウさんじゃなくてベンさんがしているようだった。で、ユウさんはというと必死な顔でレーダーとにらめっこ。
ユウ「そんな、何も怒鳴らなくても…」
でも、ユウさんも振り向かなかった。
チコ「な、なんなのよ! 今の!」
ベン「おまえ、そんなことも分らないのか? 見ての通りだろうが」
チコ「私が言いたいのは、そういうことじゃなくて…」
ユウ「どうやら、流星群の中に突っ込んだらしいんです」
チコ「えっ! 本当?」
ベン「そういうことだから、少しは静かにしてろ」
こいつ、完全に私をばかにしてるな…。
と、また船体が大きく揺れた。
チコ「きゃっ! …あんたこそ、もう少し静かに操縦できないの?」
ベン「うるさい! おまえの命とこの船とどっちが大事か分ってるのかぁ?」
それはそうだが…。
チコ「あっ、そうだ! ユウさん、仕事代わろうか?」
そうそう、これ本当はナビの仕事なのよね。
ユウ「いえ…、それより、機関士の席にまわってもらえませんか? チコさん、昔、機関士もしたことがあるって言ってましたよね? ナビの仕事は、ぼくがなんとかしますから…」
チコ「あれっ、コンさんは?」
コンさんは、この船の機関士。
ユウ「それが…まだ眠ってるようで…」
…だろうな。聞いたあたしがばかだった。
チコ「OK! 分ったわ。やってみる!」
ユウ「よろしくお願いします」
とはいうものの、あたしが機関士やってたのって、十年以上前の研修生時代に、何度かって程度…。はたしてできるのかなぁ、あたしに?
ちょっと不安になりながら、私は機関士の席についた。ここは、いつもならコンさんが寝てるところ。
げっ…。な、何よこれ。見たこともないのがいっぱい並んでるじゃないのよーっ!
そりゃぁね、へろへろ号は最新の宇宙船なんだからして、しかたのないことかもしれないんだけどさぁ…。でもね、ぜんぜん違うんだよ。私が昔、習ったのと。いったい、これあたしにどうしろっていうんだぁ!?
チコ「…えーっと…、これかな…?」
とりえあえず、私は赤いツマミを右へ回した。
ガクン!
と、船が急に加速した。
ベン「うわぁーーーっ!」
ベンさんが急ブレーキをかける。
チコ「あー、びっくりしたぁ…」
ベン「ば、ばかやろう! びっくりしたのはこっちの方だ! まったく…おまえ、何かオレに恨みでもあるのかぁ?」
まあ、恨みなら山ほどあるけど…。
でも、ちょっと間違えただけじゃない。初めてなんだしさ…。大目に見てよ。ね?
コン「ふぁぁーーー。ねえ、ごはん、まだぁ?」
船長「ふぉっふぉっふぉっ…」
チコ「コンさん! 船長!」
どれくらい経ってからか分らないけど、コンさんと船長がパジャマ姿のままブリッジにやってきた。どうやら、朝食の時間が来たらしい。
ベン「コン、ちょうどいいところに来た! すぐに、そのバカと代わってくれ! でなきゃぁ、命がいくつあっても足りやしねぇ」
バカとは何よ、バカとは!
コン「…へ? ごはんは?」
うーん…。コンさんはこの事態を把握しているのだろうか?
船長「コン、おまえさんがチコくんと代わらないと、ごはんができないそうじゃ」
とか言いながら、船長は勝手にお茶の準備を始めた。何なんだ、この人は?
コン「ん…」
コンさんは、のそのそと私のところに来た。
コン「…代わるから、ごはん、お願いね」
チコ「え、ええ…」
コンさん大丈夫かなぁ…。なんか、まだ寝ぼけてそう…。
しかし、コンさんが席についた瞬間、そんな疑念はたちまち消しとんだ。コンさんが手を触れると、コンソールパネルはまるで息を吹きかえしたかの様に色とりどりの輝きに包まれた。
うひゃーっ。さすがはコンさん。だてに機関士やってるんじゃないね!
ベン「おいチコ! 手が空いたんなら、ユウと代わってやってくれ」
チコ「うん、いいよ」
ユウ「じゃぁ、後は頼みます」
チコ「こっちは本職だから大丈夫だって」
ベン「んじゃぁ、ユウ、おまえが操縦しろ」
ユウ「あっ、はい!」
チコ「ベンさんはどうするの?」
ベン「オレは下の砲台に降りる」
チコ「ちょっと…」
ベン「シャーラップ! こいつを今使わないでいつ使うんだぁ? この船がやられちまったら、もともこもないだろ?」
チコ「でも…」
ベン「んな心配より、いいのかぁ? ちゃんとレーダー見てなくて?」
チコ「えっ…あっ! ユウさん、右ぃ!」
ユウ「は、はいっ!」
船体が大きく傾いた。
船長「あ、あちちちちちーーーっ!!」
どうやら、船長はお茶をこぼしたらしい。
そんなことをしているうちに、ベンさんはさっさと下に降りていってしまった。
ちょっと説明しておくと。この船には、いざというときのために、ミサイルが数十発積んである。でも、ベンさんが言ってたのはそのことではなくて、船体下部にある連装レーザー砲のことだ。これは、あんまし威力はないらしいが、岩の塊が相手なら十分すぎるほどだと思う。
ベン「おい、映像をこっちにもまわせよ」
スピーカーを通してベンさんの声がした。
チコ「分ったわよ!」
私ももう半分やけだ。いくつかのスイッチを操作して、ベンさんのいる砲台にもレーダーの画像を送ってやった。
ベン「サンキュー」
しばらくして、船体下部から前方へ二筋のレーザーがのびていった。レーザーは、漆黒の宇宙を滑るように切り裂くと、大きな岩石に命中した。次の瞬間、岩石は音もなく粉々に四散した。
けど、私たちにはそれを悠然と眺めている余裕なんてありはしなかった。
どれくらい時間が経ったのだろう?
私が何度となく声を上げ、ユウさんがすばやく船体を切りかえした。コンさんは絶妙なバランスで速度を保っていたし、ベンさんも回避が最小限ですむように岩石を狙っているようだった。船長はあいかわらず船が揺れる度にお茶をこぼして大騒ぎしてたけど…。
船長「おっ、茶柱じゃ。縁起がいいのぉ」
やっと終わった…。
ついに、流星群を抜けたのだ!
まさに、やっとっていう感じ…。全身の力が抜けてしまったかのよう。
しばらくは、動きたくもなかった。
ユウ「やっと抜けましたね…」
チコ「そうね…」
私は椅子にどかっともたれたまま答えた。
と、ベンさんが階段をどたどたと駆け登ってきた。
ベン「やったじゃねえか!」
ユウ「お疲れ様でした」
ベン「へっ…、あれくらいチョロイって」
チコ「ちょっとは見直したわよ」
ベン「おまえに言われたかぁねえよ」
ベンさんはちょっと照れ臭そうだった。船長は、まだお茶を飲んでるし。コンさんは、コンソールパネルに突っ伏している…。いっけなぁーい! 急いで朝ごはん作らないとね。
チコ「あ、でも…」
ユウ「どうかしたんですか?」
チコ「え、ううん。…ただね、どうして急に流星群なんかに出くわしたんだろうと思ってさ。だって、昨日レーダーで航路を確認した時にはそんなのなかったし…。ねぇ?」
ユウ「…」
ベン「さ、さてと、オレは一眠りするとするか…」
あ、怪しい。絶対に、怪しい。
チコ「ユーウさん。どうかしたのー?」
ユウ「えっ…その…」
ユウさんがベンさんをちらちら見る。
ベン「ほら、ユウ、おまえも来いよ!」
チコ「ベンさん、どうなのぉー?」
ベン「知らねえよ! 射っ…いや…じゃなくて…」
チコ「…」
私は、ミサイルの残量ゲージを見た。
…そういうことか。
私は全てを理解した。
チコ「ベン、あんたがやったんでしょ?」
ベン「…いや、だから、あれは単なる…事故だって…」
チコ「まったく、勝手にミサイルなんか射って! そんなことしてもいいと思ってるの?」
ベン「だから…、あれは事故なの」
チコ「ベン!」
ベン「ユウ、後はおまえに任せたぞ」
ユウ「そ、そんな…」
チコ「あっ、こらっ!」
それだけ言って、ベンさんは、さっさとブリッジから退散していった。
まったく、追いかけるのもばからしい…。
そう、つまりは、ベンさんが(事故かどうかは知らないけど)発射したミサイルが、どこか近くの惑星にでも当たったのだろう。その惑星が爆発して流星群になったという訳だ。
…どっと、疲れた…。何だったのだろう、今までの苦労は…。そう考えると、より一層疲れてきた気がする。ベンさんのバカヤローっ! って…もう、怒る気力もない…。ベンさんには、安心して宿直も任せられないのだろうか。…頭痛くなってきたなぁ。
ユウ「…そ…そんなに怒らないでくださいね…?」
コン「ねえ、ごはん、まだぁ?」
今は、すべてが気に触る。うーーーーっ!!
チコ「分ったわよ! 作ればいいんでしょ!」
あたしの苦労は、いったい、いつ報われるのだろう…。
END