宇宙船へろへろ号の航海日誌

第3話

 窓の外には、満天の星が浮かんでいる。
 そんな星海の中を、へろへろ号は静かに進んでいた。
 白い船体が星の光に照らされてまばゆく輝く。
 広大な宇宙は、私たちを寛容にも受け入れてくれているようだった。

 宇宙船へろへろ号。
 現在における最新のテクノロジーを駆使して造られた純白の光子力宇宙船。
 その宇宙船へろへろ号は、今は、果てしない宇宙の中を航海している。
 乗組員は船長、操縦士ユウ、通信士ベン、機関士コン、そしてナビゲーターの私、チコ。
 私たちがへろへろ号で宇宙に出てから、すでに半年がたとうとしていた…。

チコ「ふぅ…」
 私は、自分の部屋で窓の外を眺めながらため息をついた。
チコ「…オフなのはいいんだけど。こう何もすることがないと退屈なのよねぇ」
 私はベットにごろりと横になった。
 父さん…母さん…
 まぶたを閉じて、目の裏に両親の姿を思い浮べてみる。
 そう。もうあれから7年がたつんだ…。


 今から11年前。
 とある大きな宇宙ステーションの小さな街の一画。
パス「何だって! おまえ宇宙飛行士になるつもりか!?」
 私の父、パスは目を丸くして言った。
チコ「うん。いいでしょ? 父さんだって宇宙飛行士じゃない。反対しないよね」
パス「だからって…」
 父さんの胸の内は複雑そうだった。
 私の父さんは宇宙飛行士だった。もっとも、宇宙飛行士と言っても、小さな星間貨物センターのパイロットに過ぎなかったけど。けど、私にはそんなことはあまり関係なかった。宇宙を自由に飛べるということだけで、私が父を尊敬する理由には十分だったからだ。
 今から考えると、父さんは宇宙飛行士の素晴らしさと辛さの両方を知っていたんだと思う。だからこそ、あんなふうに悩んだのだろう。
ルカ「あなた、いいじゃありませんか。チコが自分でやりたいと言っているんだし。ねえ、あなた」
チコ「母さん!」
パス「…分かった。思う存分やってこい。ただし、途中で投げ出すのだけは許さないからな」
 母さんの言葉で心が決ったのか、父さんは私に向かって微笑んだ。
チコ「うん!」

 さっそく、私は地元の宇宙飛行士専門学校に通うことに決めた。
 こういった学校で2年間勉強した後、宇宙空間に浮かぶ宇宙教育センターで1年の研修を受け、資格試験に合格すれば、はれて宇宙飛行士になれるのである。と、まぁ簡単には言うけど、現実はそう甘くない。宇宙飛行士という職業自体、とても人気があるのだ。当然、倍率も高い。
 私は必死に勉強した。たぶん、一生の内で、ここまでやることはもうないんじゃないかなぁ。と、そう思うくらい、あの時は必死になった。
 そんなこんなで、冷や汗ものながらも私は宇宙飛行士専門学校を受験した。

 そして、いよいよ合格発表の日。
 その日、私は朝早くから家の電子ファックスの前に立って、電報が届くのを今か今かと待っていた。合否の電報は朝10時きっかりに送られることになっている。だから、そんな朝早くから待っていたって無駄なのは分かっていた。でも、悠然と構えているなんてことが、私にできるわけがない。
 しかし、どうやら人間こういう時には、悪いことだけが次々と頭に浮かぶようだ。
 …もし、落ちてたらどうしよう…。
 ちょっと気を抜くと、すぐにそんな考えが頭をもたげてくる。
 だめだめっ! 今からそんなこと考えてちゃ!
 自分を叱りつけては、そんな考えを抑え込む。何回もそんなことを繰り返した。
 …早く10時にならないかなぁ?
 こういう時に限って、時間というのはゆっくり流れるのだ。いつ見てもほとんど進んでいない時計にいらだち、もどかしさを全身で感じとっていた。

 …5…4…3…
 私は目を凝らして時計の秒針を見ていた。
 …2…1…
 そして、
 0!!
 ぱっと、電子ファックスの方に振り向く。
 …。
 だが、何も起こらない。
 えっ…? ど…どうして…?
 いろんな疑念が、急速に私の中で頭をもたげていく。
 しかし、その瞬間。電子ファックスのアクセスランプがチカチカと点滅したかと思うと、シャーッという音とともに一枚の紙が排出されてきたのだ。
 紙が完全に出終わるのももどかしく、私はその紙をひったくるようにして取り上げた。
 最初に私の目に飛び込んできた文字は…、
 ゴ・ウ・カ・ク!!
チコ「…!」
 突然には、声が出なかった。そして。
チコ「やったぁーーーっ!!」
 思わず、私は跳び上がった。

 こうして、私は宇宙飛行士専門学校に入学することができた。
 両親をはじめ、近所の人までも皆が喜んでくれた。その時、私は幸せを全身で感じていたものだ。

チコ「ふぁぁ…」
 私は窓の外を見ながら小さなあくびをした。
 今は宇宙飛行士専門学校での講義の真っ最中。前では先生が何やら喋っているみたい。でも、そのほとんどが私の耳を風のように通り過ぎていく。
先生「…ではチコくん。ここの値はどうなるのかね?」
チコ「えっ…は…はい」
 いきなり自分の名前が呼ばれたものだから驚いてしまった。返事をしたのはいいけれど、何も聞いていなかったのだから、答えることなんてできない。
チコ「…」
先生「ん? 何だ、こんな問題も分からんのかね。いったい何を聞いていたんだ」
 …また怒られてしまった…。

 ここ最近は、ずっとそんな調子。
ミイ「どうしたのよ、チコ。ここんとこずっと、ぼーっとしてさ。何かあったの?」
ハル「そうだよ、本当にどうしたのよ?」
チコ「え、…んん、何でもないって」
ミイ「ならいいけどさぁ…」
 友達が心配して声をかけてくれた。けど、私はあいまいに言葉を濁すだけ。
 どうやら、私は五月病というものにかかったらしい。それも、かなりの重症。
チコ「ふぅ…」
 一人になると、私はまたため息をついた。
 目の前で今まで輝きを放っていたものが、突然その輝きを失うことがある。理由は分からない。今までは、宇宙飛行士専門学校に入学するという目的があった。そのためだけに全精力を注ぐこともできた。しかし、実際に入ってみると、それは思い描いていた理想像とは大きく異なっていた。毎日が、ただ退屈な授業で終わっていく。
 宇宙飛行士専門学校が全寮制であることも関係していたのかもしれない。ホームシックを併発していたのかもしれなかった。
 理由もなく、けだるさが全身を支配している。
 そんな調子で、もう半年が過ぎようとしていた。
 焦りつつも、何も進展しない日々が続いていた。

先生「おい、どうするんだ、こんな成績で。これでは、宇宙教育センターへの推薦状が書けんぞ」
 ある日、私は先生の部屋に呼び出された。
 宇宙教育センターを受験するには、宇宙飛行士専門学校で推薦をもらわなければならない。この推薦というのがまた厳しく、宇宙飛行士専門学校での成績が上位半分に入っていなければもらえないのだ。もちろん、推薦をもらっても本試験に合格しなければ宇宙教育センターに行くことはできない。
チコ「…はい」
先生「とにかく、しっかりやってくれよ」
 もう、半分諦めたかのような口調。
 私はとぼとぼと自分の部屋へと帰っていった。
 実際、その時の前期試験の成績はさんざんなものだった。
チコ「ふぅ…」
 私は部屋の戸を後ろ手で閉めると、またため息をついた。
 ベットに横になって、天井を見上げる。
 あーあ…。私、宇宙飛行士には向いていないのかなぁ…。
 そう考えると急に胸が苦しくなってくる。堪えようとしても、ひとりでに涙がわいてくる。
 私はベットの上で泣いた。

 …この学校を辞めようか…。
 いつごろからか、そんな考えが浮び出した。その思いは、一度浮ぶと消えることなく毎日のようについてまわった。しかも、それは日に日に強くなっていったのだ。
 ある日、私は思い切って実家に電話をかけることにした。
 ためらいながら、震える手でダイヤルを押していく。
 ピー、ピー、ピー…
 呼出し音が鳴る。私は、ごくりと唾をのんだ。
 ガチャ…
ルカ「はい、もしもし…」
 母だ。
チコ「…母さん。私…」
ルカ「チコ? チコなの? 久しぶりね。どうしたのよ、最近は電話もかけてこなくて?」
チコ「あ…あの」
ルカ「えっ? 何? あ…今、父さんにかわるわ」
チコ「あ…」
パス「チコか? ん、どうしたんだ。元気がないじゃないか」
チコ「あ…あのね、父さん…」
パス「ん、何だ?」
チコ「わ…私、宇宙飛行士専門学校辞めようと思うんだ…」
 この時、私は思いつく限りの理由を言ったと思う。あることないことを含めて、次々と矢継ぎ早に喋った。何を言ったのかはよく覚えていない。でも、何かを言い続けていなければ怖かったことだけは、はっきりと覚えている。その間、父さんは何も言わないで、じっと黙っていた。
パス「…言いたいことはそれだけか?」
 私がすべて話し尽くした後、父さんは静かに言った。
チコ「…」
パス「おまえは、自分で宇宙飛行士になりたいと言ったんだよな。それはおまえの夢じゃなかったのか? だからこそ、父さんは宇宙飛行士専門学校に行くことを許したんだ。おまえの夢は、そんなに簡単に諦めてしまえる夢だったのか? いったい、今までにどれだけの努力をしたというんだ? かなわないと諦めてるだけじゃないのか? かなわないものなら、かなえてみせろ。父さんは泣き言なんかは聞きたくない。最初に宇宙飛行士になろうと思った頃の気持ちを、もう一度思い出してみろ」
 父さんの口調は静かだった。けど、何とも言えない強さを持っていた。だからこそ、余計に私の胸に染みた。
 心が痛かった。自分が情けなかった。
 涙があふれて、ほおをつたって落ちていった。
チコ「…父さん…」
ルカ「…チコ」
 電話は母さんに代わったようだ。
チコ「母さん…」
 涙声で私は言った。
チコ「辛かったら、いつでも帰ってきてもいいのよ。でもね、後悔することをしてはだめ。悔いが残らないくらいしっかりやってみなさい。辞めることなんていつだってできるわ。でも、頑張るのは今しかできないじゃないの。もう少し、頑張ってごらん。諦めるのはそれからでもいいでしょう? ね?」
チコ「…うん」
 私は涙を拭いながら、はっきりと答えた。
 もう一度、やれるだけやってみよう。もう泣き言なんか言わない。
 そう強く心に誓ったんだ。

 今までは退屈なだけでしかなかった授業も、宇宙飛行士になるためだと思えば、たいして苦にならなくなった。
 消えかけていた夢の光が、再び輝きを増したみたいだった。
 半年間、ほとんど何も勉強していなかったのが痛かったけれど、それからの努力のかいあってか、私の成績は序々にではあるが上向きになっていった。そして、卒業する頃には、なんとか滑り込みで推薦枠に収まることができたのだ。

先生「ようし。じゃあ、皆頑張ってこい!」
 宇宙教育センターの受験会場で、同じ宇宙飛行士専門学校の卒業生を集めて、先生が激励してくれた。
全員「はいっ!」
 私たちは大声でそれに答えたものだった。
 そして、それぞれが自分の試験会場へと散っていった。
 試験は丸一日かけて行われた。
 不思議と、宇宙飛行士専門学校を受験した時ほど緊張しなかった。
 やるだけのことはやったんだ…!

 そして、合格発表の当日。
 私は発表会場にまで足を運んだ。すでに、大勢の受験生が電光掲示板の前で発表を今や遅しと待ち焦がれていた。私もその中の一人になっていた。
 こういう発表というのは、いつになっても緊張するものだと思う。きっとこれからもそうなんだろう。あまり心臓にはよくないんじゃないのかなぁ。できれば、そう何回も経験したくないものだ。
 そして、ついに発表。
 突然、電光掲示板自体がパッパッと瞬いたかと思うと、大きな画面一杯にたくさんの数字が現れた。
 会場から、喜怒哀楽の織り混じった声や、声にならないため息が聞こえる。
 私は大急ぎで自分の番号を探した。
 3750…3765…3769…3782…
 3802!!
 あったぁーーーっ!!
 まわりには、抱き合って喜ぶ人、がっくりと肩を落としてうなだれている人、涙で顔をくちゃくちゃにしている人…、様々な人がいた。
 そんな中で、私は電光掲示板を見上げながら、無言で喜びをかみしめていた。

 光陰矢のごとし。
 静止軌道上に浮かぶ宇宙教育センターでの研修生活は、あっと言う間に終わりを迎えようとしていた。
 本当の宇宙空間での生活では、私にとってはすべてが新しいことのように思えた。
 宇宙教育センターは専門のコースに分かれている。一応、もしもの時のために、すべての技能の基礎は学ぶのだけれど、最終的にはそのうちの一つに絞ってより深く専門的な研修を受けることになるのだ。
 宇宙飛行士専門学校とは違って、ここでは主に実技に重点を置いたカリキュラムが組まれていた。毎日がとてもハードだったけれど、それ以上に充実してもいた。
 私の場合、適性検査の結果から、途中でコースを機関士からナビゲーターに変えるということはあったものの、概ねすべてが順調に進んでいった。
 そして、いよいよ後は資格試験を残すのみとなった。この資格試験に合格すれば、はれて宇宙飛行士となることができる。もし、不合格の場合には、再び宇宙教育センターを受験して研修を受けなければならない。皆の気合いが違ってきていた。

 それは、資格試験の前日だった。
 明日に備えて、その日は一日、休日になっていた。
 私は、自分の部屋で教則本をぼんやりと眺めていた。
放送「チコさん、チコさん。至急事務室までいらしてください」
 何だろう?
 私は不思議に思いながら、事務室に向かった。

チコ「失礼します」
 私は事務室のドアを開けた。
教官「おう。よく来た…」
 何だか声が沈んでいる。私はいやな予感がした。
チコ「何でしょうか?」
教官「ん…、実はな」
 何か、すごく言いにくそう。
教官「…たった今、お前の両親が事故で亡くなったっていう連絡が入ったんだ…。こちらからも連絡をとったが、どうやら本当らしい」
 教官は私の目をじっと見つめたまま言った。
 え…。
 事態を理解するのに、さらに何秒かを要した。
チコ「…じ…冗談…ですよね…?」
 そんな問いかけが無意味であることなんて分かっていた。でも、そう聞かずにはいられなかった。嘘だと信じたかった。そう思えればどんなにか楽だろう!
 だが、教官は黙って頭を横に振った。
チコ「…そ…んな…」
 何かで頭を殴られたみたいに、頭の中ががんがんしていた。世界がぐるぐる回って、私を弾き飛ばそうとしているみたいだった。
教官「…詳細は、分かり次第、こちらに送ってもらえるように頼んでおいた。本当に、気の毒なことだ。…実家への便はすぐに手配しよう。資格試験はまた今度受けてもらうことになるが…」
チコ「いえ。私、資格試験受けます!」
 私は、顔を上げると、はっきりとそう言った。
教官「し…しかし、おまえ…」
チコ「このまま、試験に合格しないで実家に帰ったりしたら、両親に叱られます」
 いつの間にか涙があふれていた。でも、私は話し続けた。
チコ「両親は私が宇宙飛行士になることを…、夢をかなえるのを楽しみに待っているんです。ここでそれを投げ出すなんてできません。私なら…大丈夫ですから…」
 私は無理に笑いをつくろうとした。でも、どうしてもできなかった。ただ涙に濡れた顔が歪んだだけ。
教官「チコ…」
チコ「失礼…します…」
 私は急いで事務室から駆け出した。
 もうこれ以上は我慢できそうになかったから…。今にも泣き崩れてしまいそうだったから…。
 私は部屋に駆け込むと、後ろ手でドアを閉めた。
 父さん…母さん…。
 それが…限界だった。
 私はそのままベットに突っ伏して、声を上げて泣いた。

 資格試験の当日。
 その日は、太陽風もなく穏やかな日だったのを覚えている。
 私はいつもどおりに準備をすませると、試験会場へ向かった。
 父さん、母さん、行ってくるよ…。
 写真立ての中の両親に向かって、私は心の中でそっと呟いた。

ハル「チコ、…大丈夫?」
チコ「うん。もう平気よ」
 事情を知った友達が心配して声をかけてくれる。私はそんな友達に微笑み返すことができた。
 中には、気を遣って、そっとしておいてくれる友達もいた。
 皆の心遣いが嬉しかった。その時の私には、それが最大の慰めになっていた。

教官「ようし、全員乗り込め」
 すぐに自分の順番が回ってきた。教官に先導されながら、私たちは教習船に乗り込んだ。
 資格試験は、実際の運行と同じ状態で行われる。つまり、1隻の船に操縦士、機関士、通信士、ナビゲーターの資格試験を受ける者が各1名ずつ乗り込み、所定のコースに沿って航海する間に決った作業を行うのである。当然、教官も同乗してその様子を逐一チェックする。そして、その結果で判定が下される。
 私たちが乗り込んだのは3号艦のサンローズ号。
 グレーの船体にオレンジ色のサイドラインがまぶしい。
 私は、ナビゲーターの席に座ってシートベルトを締めた。目を閉じて深呼吸する。
 父さん、母さん、見ててよ…。
教官「出港準備っ!」
全員「はいっ!」
 やがて、サンローズ号はドックから船体をゆっくりと浮かせ、静かに漆黒の宇宙の中へと滑り出していった。

チコ「お疲れ様!」
 私は、いっしょに試験を受けたクルー全員と握手した。
 航海は完璧だった。少なくとも、私はそう思う。
 後はもう結果を待つだけだ!

 資格試験の後、教官から、父母の事故についての詳しい連絡を受けた。
 それによると、あれは本当に偶然の事故だったらしい。
 その日、私の両親は2人揃って隣の宇宙ステーションまで演劇か何かを見にいくつもりだったらしい。それで、ステーション間エアバスに乗っていたということだった。
 たまたま、その時間にとても大きな磁気嵐が起こった。それはエアバスの計器の許容範囲を超えるほどの大きなものだったらしい。安全基準をもはるかに上回るくらいの。しかし、計器類が完全に故障しても、エアバスにはまだ宇宙ステーションにまでたどり着けるくらいの安全装置は付いている。
 けれど、運命の悪戯か、そのすぐ近くに小惑星の破片が1つあったのだ。そう、ちょうどエアバスの軌道上に…。
 不運だったと言ってしまえば、それで終わりかもしれない。めったに起こらないような偶然がいくつも重なって、あの事故は起こったのだ。
 もちろん、悲しみが尽きることなんてない。誰を恨むこともできないのが辛いこともある。でも、悲しんでいるだけじゃ駄目だってことも分かったんだ。それを教えてくれたのは、他ならぬ父さんと母さんなんだ…。
 窓の外には満天の星が浮かんでいる。
 人は死んだら星になるって、昔、聞かされたこともあったっけ…。じゃあ、あの中に父さんと母さんもいるのかな…?
 今、私は父母の住んでいた家に向かうために、エアバスの中にいる。
 右手には、合格証をしっかりと握りしめて…。


 窓の外には満天の星が浮かんでいる。
 それは、あの日とまったく変わらない。
 父さん、母さん…。私は今も頑張っています。
 窓の外を見ながら、私はそっと心の中で呟いた。
 父さん…母さん…
 ビーーーッ!!
 な、何だぁ!? 人が珍しくノスタルジックな気分に浸っているというのに…。
 ベットから起き上がって、壁のインターカムをとる。
ベン「チコ、いるかぁ?」
 こいつか…。
チコ「何よ、突然!」
ベン「いいから。いるなら、さっさとブリッジまで来いよ。いいなっ?」
チコ「ちょっと、私は今日はオフのはずよ。ねぇ…」
 私が何か言い返す前に、インターカムは切れてしまった。
 何だぁ、あいつは? まったく…。
 私はぶつぶつ言いながらも、ブリッジへ向かった。
 いったい、何考えてるのよ…。
 文句の一つも言ってやる。
 ブリッジの扉の前に立つ。シューという音とともに扉がスライドした。
 パーン! パン! パーン!
 突然、派手な音といっしょに、紙テープが飛んできた。
チコ「へ…?」
 その光景に、私はあっけにとられていた。
 船長、ベンさん、ユウさん、コンさんがクラッカーを手にして立っている。ブリッジの中央には机が引っ張り出されていて、その上にはロウソクを立てたケーキが乗っていた。
 な…何だぁ!?
船長「ふぉっふぉっふぉっ…」
ユウ「誕生日おめでとうございます」
コン「ケーキ、まだぁ?」
 えっ? えーっ!?
ベン「何だこいつ。分かってねぇんじゃねぇのか?」
チコ「し…失礼なこと言わないでよぉ!」
 でも、本当はすっかり忘れていた。
 自分の誕生日を忘れるっていうのが、いかにも私らしい…。
 向こうでは、ベンさんたちがにやにや笑っている。
 何よぉー。いいじゃないのよぉー。
 でもでも、本当にすごく嬉しかった。少し涙が出かかったけど、そんなとこを見られたくなかったから、慌ててごまかした。
 そして、最高の笑顔を浮かべる。
チコ「よぉーし、今夜は思いっきり騒ぐぞぉーっ!!」


 P.S. 父さん、母さん。私はしっかりやっていますよ。

END