「まずこれをみんなに渡さなきゃね」
ヤンはそう言って、荷車に積まれた『エイリアムの遺産』を指し示した。
「これがそうなの?」
興味津々といったふうにクレアが覗き込む。
無理もない。すべて伝説の武器や防具と呼ばれたものばかりなのだ。
「そんなにたくさんは持ってこれなかったけど、きっと役に立つはずさ」
そう言って、ヤンは笑った。
ヤンには黄金の隼の弓。
キリアーノにはミスリル製の力の兜。
クレアには雷帝の杖。
エンターナには精霊の玻璃瓶。
シンフィーナには霧の羽衣。
ジュヴナントには竜の盾。
トットには翼の靴。
各自がそれぞれの品を手にとる。
と同時に、責任の重さがずしりと肩にのしかかる。
誰ともなく、皆が東を振り返った。
彼らの目の前には、悠久の山脈の峰々が行く手をふさぐかのようにそびえていた。
彼ら七人はカナトーセを出発すると、テーラ川に沿って北東へと進んだ。
エスミへの唯一の峠である、大渓谷<グリトア=ヴァナント>に向かって。
「親分、奴らを連れてきました」
薄暗い部屋の中に、若い男の声が響く。頭に青い布を巻きつけ、青と白の横縞のシャツを着ている。誰が見ても一目で海賊と分かる風貌だ。
テーブルの向こう側で、親分と呼ばれた男は四角いあごに右手をやったまま、無言で頷いた。
「さぁ、てめぇらさっさと来るんだ!」
急き立てられるようにして、ダリオットらは部屋の中に入った。むろん、手はロープで後手に縛られたままである。
薄暗い部屋に目が慣れるにつれ、次第に中の様子がはっきりとしてきた。狭い部屋の両側に古ぼけた木の戸棚が並び、奥に大きな木のテーブルが陳座している。そして、そのテーブルの向こう側には、日に焼けた一人の男がいた。
『…この男が、ファン・ドーゴ・グレス…』
アルとマリーは、初めて見る海賊の頭領の姿に目を見張った。
小柄ながらも、がっしりとした筋肉質の体躯。飾りのある白のシャツの上に、丈の長い黒の服とズボン。衣服には金属や金糸での装飾がなされている。膝近くまである黒皮のブーツを履いた足は、テーブルの上に組んだまま投げ出されていた。大きな赤い羽飾りのついた黒い帽子の下から、鋭い目がダリオットらを射抜いている。
海賊の頭領、ファンが口の端に笑みを浮かべる。
「なんだ、誰かと思ったら、ダリオットじゃないか。どうしたんだ、こんな所で? まさか海賊になろうってわけじゃあないんだろ?」
日に焼けた顔に白い歯を見せて、ファンはにっと笑った。
「ま、それはそうだ」
部屋の中に、二人の笑い声が響く。
「え…?」
アルやマリーも、海賊の手下たちも、あっけにとられたまま、その光景を眺めていた。
「おい、こいつらの縄をほどいてやれ」
笑いながら、ファンは手下に命令した。
ファンもダリオットのことは知っていた。卑怯なまねをする男ではない。ファンにも剣を交えた時から、それはよく分かっていた。わざわざ危険を冒してまでここに来たからには、それなりの理由があるのだろう。ファンは、それくらいは見抜ける男なのだ。
アルとマリーはようやく、なぜダリオットが海賊の本拠地へ何の手だてを講じることもなく近づき、そして、おとなしく捕まったのかを理解していた。
「実は、おりいって頼みがある」
突然、ダリオットが表情を改める。
「…何だ?」
ファンの眼光が鋭くなった。
「実は…」
そう言って、ダリオットは話をきりだした。
「何だと! 船を貸して欲しいだぁ?」
思わず椅子から立ち上がって、ファンは目を丸くした。
「今までおれの所にいろんな頼みごとをしにきた奴はいたが、船を貸してくれっていう奴は初めてだな…」
ファンは、そうつぶやきながら腰を下ろす。
「もちろん、おれもただでとは言わん」
熱っぽくダリオットが話を続ける。
「…どうだ? あのクラーケンを退治したらってことで?」
「なに…! できるのか、そんなことが?」
部屋の中がざわめく。無理もない。海賊たちはここ何ヵ月かの間、ずっとクラーケンに泣かされてきたのだ。
「策はある。後はそちらしだいだ」
ダリオットの真剣な眼差しがファンをとらえる。ファンは、そんなダリオットを困惑した目で見つめ返した。
「…どうするつもりだ?」
「それは、この話を受けると言ってからだ」
「しかし…。ん…」
ファンは迷っていた。まさか、あのクラーケンを退治できるとは思えない。しかし、である。もし退治できるのなら…。
「どうする?」
「…」
ファンが渋面をつくる。
その時。
「もう、煮えきらないわね! まったく、あんたも男でしょ?」
ファンの前の机をバシッと手で叩いてファンに詰め寄ったのは、マリーだ。
「さあ、どっち? 受けるの? 受けないの?」
厳しい調子で詰問する。
ファンは目を丸くした。
アルにしても、こんなマリーを見るのは初めてだった。ダリオットはなおさらだ。
海賊の手下たちが気色ばむ。だが…。
「はーっはっはっ、こいつはすまなかったな、お嬢ちゃん。分かったよ。この話、受けよう」
ファンはマリーに微笑んだ。
マリーが、ほっとした表情を浮かべる。これはマリーにとってもいちかばちかの博打だったのだ。
ファンはダリオットに視線を移した。
「でも、いいのかい? ベルタナスの王子ともあろう人が海賊なんかと行動して?」
その言葉に、ダリオットが微笑みを返す。
「おれはそんなことを気にする人間ではないさ。それに…」
遠い所でも見るかのように、ダリオットが目を細めた。
「…今は、同じ人間同士、いがみあっている場合ではないんだよ」
- つづく -