ジュヴナントは村の外れに向かって歩いていた。
宿の主人が、トットはそこにいると教えてくれたためだ。
村外れが近付くにつれて、カーン、カーンという甲高い音が響いているのに気付いた。
訝しみながらさらに近付くと、その音の正体が明らかになった。
トットが林の中に立っていた。
手にパチンコを構えて、ねらいを定め、小石を放つ。
小石はそのまままっすぐ林の中を飛び、五十メートルほど先の樹に当たって跳ね返って、甲高い音をあげた。。
その木は幹の部分が大きくえぐれ、真新しい地肌を露出させていた。その様子は、それまでに当たった小石の数を思わせた。
ふぅと額の汗を拭い、トットはパチンコを下ろした。
「…! ジュナ!」
振り向いたトットは、ジュヴナントの姿を見つけると、一目散に走り寄った。
「何してたんだよ。遅かったじゃないか」
そう言って笑う。その笑顔が、つい十日ほど前のものと比べてめっきり大人っぽくなったと思うのは、ジュヴナントの錯覚であろうか。
トットは、ジュヴナントが一人で出発してから、ずっとパチンコの特訓を行っていた。
ただジュヴナントの帰りを待っているつもりはなかった。
トットが自身に課した課題がこれであったのだ。
「すまなかったな。出発できるか? 準備ができ次第、出発だ」
トットの頭をくしゃとかき回しながら、ジュヴナントはそう言った。
「あなたがカーラさんですね?」
「ああ、そうだが…?」
そう答えて、カーラは目の前の少女を怪訝そうに見つめた。
白っぽいローブに身を包み、手に杖を持っているところを見ると魔法使いであるのは間違いなさそうだった。だが、カーラはこの少女に見覚えがない。
「私はクレア・フェリスと言います。私に魔法を教えてもらえませんか?」
目の前の少女はそう言った。
真剣な眼差しが、カーラをじっと見つめている。
『じゃあ、この娘がルーンヴァイセムの言っていた…』
カーラは微笑んだ。
「…いいだろう。ただし、私の指導は厳しいからね?」
ヤンは『エイリアムの遺産』の入った袋をいくつか荷車に乗せた。
「もう行くのか?」
グルーノムが尋ねる。ヤンは頷いた。
「こいつを持って行かなきゃならないからね。急いだ方がいいと思ってさ」
「そうか…」
その言葉に、グルーノムの顔が哀しげに翳った。
「それと…」
ヤンは荷車に積まなかった袋を見ながら言った。
「ここにある分は、よろしく頼むよ」
グルーノムが不思議そうな顔をする。
「全部は積んで行かれないし、そんなにたくさんあっても仕方がないからね。ドワーフの方で何とかしてもらえると助かる」
「いいのか?」
グルーノムが尋ねる。ヤンとキリアーノは顔を見合わせて頷いた。
「もうすぐ、必ず大きな戦いが来る。その時の役にたってくれればいいさ」
そう言って、ヤンが微笑む。
それはエイリアムの遺志でもあった。
「気を付けて…な」
黄金の隼の弓を肩にかけ、荷物を背負って出発しようとするヤンにグルーノムが声をかけた。
「ああ」
「行ってきます」
キリアーノも明るく答える。
「また会おうぞ!」
それが、『エイリアムの遺産』を積んだ荷車と共に出発したヤンとキリアーノに向かってかけられたはなむけの言葉だった。
再会の刻まで、後一月半程である。
「そうか…」
ジュヴナントからの報告を聞いた後、ダリオットはそう言って口を閉ざした。
窓から外を見る。城の外には、いつもと変わらない風景が広がっている。ここでは、世界の危機は少しも感じられない。
ジュヴナントとトットは、ダリオットを訪ねてここ王都ナムラへと来ていた。何か新しい情報を得るためだ。
「…残念だが、おれにもよく分からない。調べてはみるが、あまり期待しない方がいい」
その言葉は、ジュヴナントには重かった。
「ではこれで失礼します」
「…もう行くのか?」
「はい。もうあまり時間もありませんから」
そう言って、ジュヴナントは面を上げた。ダリオットと目が合う。ダリオットは頷いた。
「分かった。よろしく、頼むぞ」
大大陸の東の外れ。天高くそびえ立つ剣の山の中腹にその神殿はあった。
神殿の中は、よどんだ空気が重く漂っていた。
それでよかった。少なくともグヮモンにとってはそうであった。
土色をした肌。鋭い赤い目。大きく裂け鋭くつきだした口。それらは人間のものではなかった。彼は神官がまとうような真っ白の服装に、太った体を強引に押し込んでいた。
グヮモンは神殿の奥の暗い部屋に一人で座っていた。
頭の中にはこれまでのこと、そしてこれからのことが浮かんでいる。
すべてが予定通りに進んでいた。長い長い計画も、ようやくここへ来て最終段階に入ったと言えた。
だが…。
ふと、グヮモンはセイナのことを思い出した。流影と呼ばれ、四魔将の一人に数えられながらも、その出自は分からないことばかりである。
ある日ふらりとこの神殿を訪れ、実力のみで四魔将にまで地位を上げた男だ。
だが、なぜこの神殿を訪れたのかについては、「ここが気に入ったからさ」以上のことは言わなかった。
『そうか、あの男に気を付けねばならないな…』
グヮモンの耳にも、セイナが獣王ドゥルガの腹心ディアグを倒したとの報告は入っている。
ドゥルガは激昂したというが…。
グヮモンは、同じ四魔将といえど獣王ドゥルガや黒騎士ロイアルスを問題にしていなかった。
ロイアルスは駒のようなものだし、ドゥルガときたら…。
『ただの守備隊からの成り上がり者のくせに、態度ばかりは大きい…』
ドゥルガの顔を思い浮かべ、グヮモンは顔をしかめた。
舌打ちを一つすると、脳裏から雑事を追い払った。
グヮモンにはまだやらなければならない仕事があった。
そして、様々な想いをのせて時が流れた。
夜空に再び満月がかかる。
今、運命の時計の針が二度目の再会の刻をきざもうとしていた。
「少し早かったかな?」
そう言って、ヤン・コートランドとキリアーノは酒場の戸をくぐった。小さな酒場の中にはほとんど客はいなかった。二人は入口近くのテーブルに腰を下ろした。
「ま、もうすぐ誰か来るさ」
シュー…ゥ…
まばゆい光りが収束するにつれて、その中から一人の女性が姿を現わした。
「ふぅ、何とか間に合ったみたいね…」
その女性 - クレア・フェリスは夜空を見上げた。空には満月がかかっている。
「もう誰か来ているかしら?」
クレアがそう呟いた時だった。サッと風が舞い起こり、二人の人影を彼女の前に運び下ろした。
「クレア、ここでいいんだよね?」
「エンターナ、シンフィーナ!」
クレアの前で美しいエルフの兄妹が笑う。
クレアも彼らに微笑み返した。
「さあ、そこよ。早く行きましょう」
もう時間はかなり遅くなっていた。
酒場の中にいた他の客は、もうすべて帰ってしまったようだ。
「遅いな…」
ヤンが呟く。その言葉はもちろんジュヴナントたちに向けられたものである。
「仕方ないわね。ここももうすぐ店じまいみたいだし、とりあえず外に出ましょう」
クレアの言葉に従って、彼らが席を立った時だった。
「少し遅くなったかな?」
そう言って、酒場に入ってきた人影がある。
クレアたちは、とっさには言葉が出なかった。
「ほら、皆怒ってるみたいだよ」
彼の脇で少年が言う。
「ジュナ!」
わっと喚声が上がる。ジュヴナント・クルスとトーツラルア・フィアセン。
こうしてルシア・オーセフを除くすべてのメンバーが、ついにここカナトーセに再び集結した。
それは、短い春も終わりを告げ、これから夏にさしかかろうという、満月の夜のことであった。
- 第8章おわり -