クレアらはジュヴナントたちのテーブルの隣に腰を下ろした。
各人の紹介がすむと、クレアはさっそくジュヴナントに切り出した。
「伝説の魔王がよみがえろうとしているわ。私たちは呼ばれたのよ」
そう切りだして、クレアはフィルセルナから聞いた話をジュヴナントに伝えた。
「…そういうことか…」
ジュヴナントは静かに呟いた。落ちついたその反応に、クレアとヤンが怪訝そうな顔をする。
「あの後こっちにもいろいろあったってことだよ」
そう言って、今度はジュヴナントが話し始めた。
中でも、神殿でのベルムサラートとカルナウィナラスの話がクレアとヤンを驚かせた。
あのドラゴンがいったい何だったのか、今初めて答を得たのである。ついに、すべての断片が組み合わされて、一つの形を成したのだ。
信じられないことではあった。が、信じないわけにはいかないことでもあるのだ。
「…まったく、何てこった…」
ヤンがぼやく。だが、その口の端には笑みが浮かんでいた。
「…ということは、後はレキュルを見つければいいってわけね?」
確認するかのように、クレアが皆を見渡す。
「…あっ、そういえば…」
ジュヴナントが思い出したかのように言った。
「ルシアはレキュルの妹なんだって」
「え…。えーっ!」
「うそ…」
不意のことに、クレアとヤンは目を丸くした。
二人がルシアの顔を覗き込む。慌ててうつむくルシア。そんなルシアに助け舟をだすように、ジュヴナントは言った。
「ま、何にしろ、今しなければならないのはレキュルをさがすことみたいだな。ヤンの聞いた話は信じたくないが、それもレキュルを見つけられればはっきりする」
クレア、ヤンとジュヴナントの目が合う。二人は無言で頷いた。どちらにしろ、もう時間はないのだ。
不意に、トットがキリアーノの袖を引っ張った。
「ねぇねぇ、ドワーフのおじさん」
「ん? 何だ?」
ジョッキを片手にしたままキリアーノーがトットに顔を向ける。
「おれたちって、実はずいぶんと大変な事件に関わってるんだね」
ギリアから、さほど遠くない街道。
紺色の服の上に焦茶の外套をまとった女性が、夜の暗闇に紛れるかのようにして道を急いでいた。後ろでアップにした長い栗色の髪が揺れている。
彼女は空を見上げた。あいにくにも、月は空を流れる雲に姿を隠していた。彼女は少し眉をひそめると、再び歩を速めた。
「ずいぶんと急いでいるようだな」
不意に、前方の暗闇から声が響いた。
「誰?」
若い声だ。
「ふっ…おれだよ」
低い声とともに、一人の男が現れた。
簡素なプーレートメイルを着け、腰に長い鋼の剣を差している。そして、頭部をすっぽりと覆った鉄仮面。その仮面の間から鋭い目が覗いている。
「お、おまえは、ディアグ…」
震える声で彼女は呟いた。
『なぜ、鉄面鬼がここに…?』
鉄面鬼ディアグといえば獣王ドゥルガの懐刀。そんな男がなぜここに?
「…どういうことだ?」
「どういうことだ、だと? よくそんな口が利けたものだな、ミリアーヌ」
「何っ!」
外套をまとった女性 - ミリアーヌは、その長い焦茶の外套を脱ぎ捨てた。
「いくらディアグといえど、それ以上の侮辱は許さん!」
「侮辱だぁ? ふっ、どこが侮辱だ。おれは本当のことを言ったまでだ。聞いたところでは、ジュヴナントとやらの始末にずいぶんと時間がかかっているそうじゃないか?」
「…っ」
ミリアーヌが言葉につまる。
『だが、この男はまだあのことを知らない…』
ディアグが言葉を続けた。
「しかも…だ」
そう言って、横目で街道の隣の木立を見上げる。
「セイナ様までもが、彼らを始末できながらそうしなかった。…違いますか?」
「なんだ、気付いていたのか」
不意に、木の上から声が響いた。
「…セイナ様!」
木を見上げたミリアーヌの目に飛び込んできたのは、小枝の上に立つ黒装束のセイナの姿であった。黒のターバンからはみ出した髪が、緩やかな風に揺れている。かすかな笑みが彼らを見下ろしていた。
ディアグは、そんなセイナからミリアーヌに視線を移すと、強い口調で宣言した。
「ジュヴナントたちの始末は、今後このおれがする」
「何だと、ディアグ! これは私がグヮモン様から直接命ぜられた役目だ!」
「黙れ、ミリアーヌ! ドゥルガ様はもうおまえには任せておけないとおっしゃったのだ」
「ドゥルガ様が? ドゥルガ様はこの件には手を出さないとおっしゃっていたではないか」
ミリアーヌが激昂する。だが、ディアグはそれを軽く一蹴した。
「言ったろう? おまえがぐずぐずしているからだ。危険の芽は、まだ小さいうちに摘んでおかなければならないのだからな」
そう言って、ディアグは木の上を見上げた。
「セイナ様もよろしいですね?」
「そんな話には興味がない。おれはおれの好きなようにやらせてもらうだけだ」
「くれぐれも、おれの邪魔はしないでくださいよ」
そして、ディアグはミリアーヌの方を向いた。
「分かったか、ミリアーヌ。おまえはさっさと帰って御主人様の相手でもしていることだ」
「ぐっ…」
ミリアーヌの顔が怒りに歪む。
ディアグは仮面の下でにやりと笑った。
「…ラクサ ナルア セン…」
突然、ミリアーヌが呪文を詠唱した。反射的にディアグが身構える。だが次の瞬間、ミリアーヌの姿はその場から消えていた。
「ちっ…移動の呪文か…」
ディアグの呟きが闇の中に吸い込まれてゆく。
と同時に、セイナも木の上から姿を消していた。
暗い街道には、ただディアグだけが残された。
「ふっ…、ばかなやつらよ…」
そう言って、ディアグは仮面の下で笑った。
ジュヴナント・クルス
ルシア・オーセフ
トーツラルア・フィアセン
クレア・フェリス
ヤン・コートランド
キリアーノ・バダエイム
ギリアの街の脇を流れるガネリア川にかかる苔むした大きな橋の上で、彼ら六人は立ち止まった。
三つの街道が交わる所だけあって、橋の上は往来する人々が絶えない。
「いい?」
クレアが皆を見渡しながら言った。
「私たちが立ち向かう敵の力は強大なものよ。悔しいけど、私たち三人だけではとてもたちうちできそうもないわ。あなたたちの協力が必要なの」
「それでは、私もその戦いに参加できるんですね」
クレアの言葉に、キリアーノの目が輝く。
「もちろんよ。こちらからお願いするわ」
微笑んでキリアーノにそう言ってから、クレアはトットとルシアを見た。
「しかたないなぁ」
「私は兄のことがありますし、ぜひ…」
クレアとトットはお互いに顔を見合せる。そして、どちらからともなく笑った。
「これで決まりね」
クレアがジュヴナントとヤンに顔を向ける。ジュヴナントとヤンは無言で頷いた。
クレアは再び全員を見渡した。
もう止まることはできない。
「いろいろ準備もあるだろうから、出発は今から二ヵ月後の満月の日。ネスムール湖の北の街、カナトーセの酒場で会いましょう」
「じゃあ、私は先に行かせてもらうわ」
そう言って、クレアは呪文を唱えると、橋の上から一陣の風を残して姿を消した。
「相変わらずだな。…んじゃ、おれたちも行くとしようか?」
ヤンは荷物を肩に担ぐと、キリアーノに声をかけた。キリアーノが頷く。
「じゃあな、ジュナ。また会おうぜ」
笑って手を振りながら、ヤンとキリアーノは大街道を南へと向かって去っていった。
姿が見えなくなるまでヤンたちを見送った後、ジュヴナントはクレアとトットの方に向き直った。
「そろそろ、おれたちも出発しよう」
ジュヴナント、クレア、トットの三人はヤンたちとは逆に、ガネリア川を北に、王都ナムラへと向かって街道を進んだ。
それぞれが様々な思いを胸に。二ヵ月後の再会の刻へ向かって…。
- 第7章おわり -