ジュヴナント、ルシア、トットの三人はネフスの街に着いた後、ベルタナスの王都ナムラへ向かうために、ギリアに立ち寄っていた。
ジュヴナントにこれといった目的があったわけではない。が、とりあえずダリオットらに会って現在の状況が知りたかった。
ナムラまでは、後、約半分の行程である。
ギリアの酒場は他の街にくらべても客が多いように思われた。
使い古したプレートメイルを着込んだ戦士。灰色のローブをまとった魔法使い。仲間と談笑しているドワーフ。店内は、そんな冒険者たちの熱気とタバコの煙とで、むっと蒸し返すようだった。
「とりあえず席につこう」
そう言ってジュヴナントがあたりを見回した。
ちょうど、店の奥の方のテーブルが空いている。
「あれがいい」
「ええ」
「そうだね」
ルシアとトットもジュヴナントに従ってテーブルに向かった。
ウエイトレスに飲物を注文した後、ルシアはジュヴナントに尋ねた。
「あのドラゴンはいったい何なの? もうそろそろ教えてくれてもいいじゃない?」
ギリアまでの道中、いくどとなく繰り返されてきた質問だ。だが、その度にジュヴナントは答をはぐらかしていた。あまり人に話して聞かせるようなものではないと思っているからだ。
だが、今日は違っていた。久々に賑やかな場所に来て心が和んでいたせいかもしれない。あるいは、何か予感が働いたのか…。
「…ん、そうだな…」
そう言って、初めてジュヴナントはあのドラゴンとの闘いについて話し始めた。
ルシアとトットは目を丸くして話に聞き入っていた。
光に満ちた神殿の女性と光の剣。ドラゴンとの闘い。そして、決着…。
「ナムラでダリオット王子が襲われた時の話は前にしたろう? その後は知っての通りさ」
「…そうだったの…」
ルシアにはそう言うだけが精一杯であった。
トットは口をぽかんと開けたままジュヴナントを見つめている。
ジュヴナントは右手の指輪に目を移した。店の暗い照明に、白い石が鈍く輝いている。
ジュヴナントは指輪を左手でそっとなでてみた。
いまだ謎の指輪だ。精霊神の…と言われてもぴんとこない。
「…そういえば、私、まだどうして冒険者になったのかって話をしたことないわよね?」
ルシアが宙を見つめたまま、突然そう言った。
「ルシア…?」
「実は、私が冒険者になったのは兄をさがすためなの。兄の名は、レキュル・アーカス…」
「な…」
今度はジュヴナントが言葉を失う番だった。
「アーカスっていうのは母方の姓よ。兄はオーセフよりはアーカスの姓を好んでいたわ」
ルシアの目が遠くを見つめる。その目に映るのは遥かなる故郷の風景か…。
「両親は、まだ私たちが小さかったころに魔物に襲われてね…。それ以来、私たちはソーバルトっていう小さな村で二人で暮らしていたの。村には親切な人が多くて、生活に困ることはなかったわ。でも、兄さんは一七の時に冒険者になった。両親を殺した魔物を倒すんだって言ってね。私はそのまま村で働いたわ。兄さんとはめったに会えなかったけど、でも、そんなに不幸でもなかった。それなりに楽しい生活は続いていたの。そう…あの日まではね」
そこまで話して、ルシアは一息ついた。
窓からは、穏やかな日差しが差し込んでいる。
彼らのまわりだけ、まるで時間が止まっているかのようだ。
「…その日、私は用があって隣町まで出かけていたの。思っていたよりも時間がかかってしまって、村に帰ってきたのはもう日暮れも間近っていう時間だったわ。でも…、私が帰ってきた時、村はもうなかったの…。そこにあったのは、荒れ果てた廃墟…。だれも…もういなかった…」
ジュヴナントとトットは、言葉なくルシアを見つめていた。ルシアが力なく笑う。
「…兄さんの居場所は分からなかった。冒険者なんだから、あたりまえのことなんだけどね。私から兄さんに連絡をとることはできなかったの。だから、私も冒険者になった。村にはもういられないし、それに、同じ冒険者をしていればいつかは会えるかもしれないって思ってね。死にものぐるいで僧侶の資格をとった。タトナであなたに会う一ヵ月くらい前のことよ。世界って、意外に狭いのね」
ルシアの微笑みも、だが、ジュヴナントは見てはいなかった。
ジュヴナントの中の時間がさかのぼる。五年前のあの時へ…。
「…同じ…だ…」
ジュヴナントは小さな声でぽつりともらした。
「えっ…?」
ルシアが尋ねる。だが、その声は外からの呼び声にかき消されてしまった。
「…! ジュナ!」
大きな声が酒場の中に響きわたる。聞き憶えのある声。それが、彼を我に返らせた。
ジュヴナントは思わず振り返って、目を疑った。そして次の瞬間、大声で叫び返していた。
「クレア! ヤン!」
それが第一の再会の刻であった。
ギリア -
三本の街道が交わるこの街は、いつも行き交う人々で賑わっている。
「ま、とりあえず一休みだ」
そう言って、ヤンは酒場の戸をくぐった。
だが、彼はそこで突然立ち止まった。
「何よいったい? いきなりそんな所に立ち止まらないでよ!」
後ろからクレアが文句を言う。
だが、そんな言葉はヤンの耳には入らなかった。上気した顔で振り向く。
「クレア! 見ろよ、あれ! なんてついてるんだ。こんなに早く見つかるなんてさ!」
「えっ?」
クレアとキリアーノはヤンの指さす方を見た。
そこには、銀色に輝くブレストアーマーを着けた青年がいた。奥のテーブルに座って、前にいる女性や子供と話している。
「…! ジュナ!」
ドラゴンとの闘いから二ヵ月近く。ここギリアの酒場に、神殿に集った者たちの三人が、こうして再び出会うこととなったのである。
- つづく -