竜騎士伝説

Dragon Knight Saga

第7章 再会の刻 その1

「ま、とにかくよかったよ」
 黄金の隼の弓を背負い、鞄の皮紐を肩にかけたまま、ヤンは居並ぶドワーフたちの方を向いて言った。
 目の前には族長グルーノムが立っている。
「すまんのぅ。今回は本当に世話になった。まさか、わしが操られることになるとは…」
「無事がなによりさ。それよりも…」
 そう言って、ヤンは頭を後ろにめぐらせた。そこには、左右に角のついた兜を被ったキリアーノが、すっかりと旅支度を整えて立っている。
「本当に行くのかよ?」
 ヤンが尋ねる。キリアーノはこくりと頷いた。
「しかしねぇ…」
「心配いりませんよ。それに、私もあのドゥルガとかいう男のことが気になるんです」
「あいつか…」
 ドゥルガが最後に残した言葉。そして、レキュルのこと…。
 どうやら、知らなければならないこと、はっきりさせなければならないことは山ほどあるようだ。
「キリアーノ」
 グルーノムが呼ぶ。
「はい?」
「これを持っていけ」
 漆黒の斧。柄にはドラゴンが巻きついているかのような装飾がなされており、片刃の刃には細かい彫刻が施されている。かつて、ドゥルガからグルーノムに送られた斧だ。
 刃の中央の、ヤンが砕いた赤い宝石の跡には、ドワーフの手によって代わりに碧のエメラルドが埋め込まれている。
「でも…これは…」
「心配ない。あの赤い宝石さえなければ、この斧も安全なはずじゃ。それに、この斧自身はまれに見る逸品。必ず役にたとう」
「し、しかし…、この斧は族長の…」
「構わん。持っていけ。この斧もこんな洞窟の奥で眠っているよりは、外の世界で暴れたいに決まっておる」
「は、はいっ」
 キリアーノは頭を下げてその斧を受け取った。
 そして、ヤンの方に向き返る。
「さぁ、行きましょう」
「仕方ないな。そうするか」
 ヤンも笑った。

 二人は黒がね連山の北側へ出ると、キリアーノの案内でネスムールの沼沢地を抜け、カナトーセの街に出た。そして、そのままガナラ街道を西へと向かい、メナートアをへて、王都ナムラに到着した。
 その間、実に一ヶ月以上が経過していた。

 いくばくか日も高くなったせいか、通りは多くの人であふれていた。さすがはベルタナスの王都ナムラである。
「すごい人だな」
「ええ」
 長く街道を旅してきた二人には、これほどの人込みを見るのは久しぶりであり、また懐かしくもある。
 だが、この街に長く留まるつもりもない。昨晩一泊しただけで、今日にはミトスに向かってナムラを出発するつもりでいた。
 離ればなれになった仲間たちと会うには、後いったいいくつの街を訪ねればよいのだろう?
 そう思えば、多少は気が滅入る。
 ヤンはそんな考えを振り払いながら広場へと続く道を歩いていた。
「…? あれは何でしょう?」
 キリアーノが指差す先を見ると、通りの先の方に黒山の人だかりができている。
「おもしろそうじゃないか。行ってみようぜ」
 そう言って、ヤンは駆け出した。

 近くに行ってみると、市の守備隊がやっきになって集まっている人々を追い払おうとしていた。だが、人々は三々五々集まっては話に華を咲かせている。
「おいおい、いったいどうしたんだよ?」
 ヤンが彼らの一人に尋ねる。
 男は興奮した口調で答えた。
「どうしたもこうしたもないって。さっき、ダリオット王子が黒服の連中に襲われたんだ。な?」
「そうそう」
 すかさず隣にいた男があいづちを打つ。
「で?」
「ところが、だ。そこに一人の青年が現れたかと思うと、逆に黒服の連中を返り討ち。見事っていったら、ないね。…ほら、そこにいるやつらだよ」
 男の差す方を見ると、ちょうどロープでぐるぐるに縛られた黒服の男たちが市の守備隊に連行されていくところである。
「で、王子とその青年ってのはどうしたんだ?」
「分かんねえけど、たぶんもう城に向かったんじゃないのかな」
「そうか…。ありがとう」

 ナムラの街の城門を出たあたりで、ヤンはキリアーノに言った。
「惜しかったよな」
「え?」
 何のことか分からず、キリアーノが尋ね返す。
「もう少し早く着いていればさ、乱闘の一番いいところが見られたんだぜ」
「ヤンさん…、それは不謹慎ですよ」
「はははっ。冗談だって」
 彼らはナムラを後にした。
 だが、その日ダリオットを救ったのがジュヴナントであったことをヤンは知る由もなかった。
 そして、ちょうどその日の朝早く、クレアはエルフの兄妹に会うため、白銀の森に向かってテクトの街を出発したのだった。そう、エンターナとシンフィーナのエルフの兄妹に…。
 今、日はやっと天頂を越えたところである。


「こ、これが精霊神の…?」
 クレアは驚いて叫んだ。
「そう。水の首飾りです」
 伏し目がちな青い目をした長身の男は、静かにそう言った。そよ風に長い銀髪と白衣の裾が揺れる。
 彼の脇には同じような格好をした男が二人立っていた。一人は茶の、もう一人は緑の目を持っている。二人とも髪は金髪だ。
 茶の目をしたエルフはラクスト、緑の目をしたエルフはトゥロナインと呼ばれていた。
 そして、この銀髪のエルフこそがエルフの長上王フィルセルナである。青い目の中には驚くほどの叡知と哀しみが見て取れた。
 その目でいったいどれほどの刻を見てきたのだろうか? それはクレアには想像すらできないことだった。
 フィルセルナは話を続けた。
「今からおよそ三十年ほど前になります…」
 三十年前。
 大大陸の東の果て、剣の山<ソール=テア=ナンタ>に魔王が復活した。
 世界には現在以上に魔物があふれ、人々は恐怖とともに日々を暮らしていた。特にエスミでは激しい闘いが繰り広げられたという。その結果、エスミは荒れ果て、住む者もいない状況となった。
 そんな時、神殿に呼ばれた四人の若者がいた。
 彼らは世界の人々の命運を背負って、人知れず剣の山へと向かった。
 そして、剣の山において激しい戦いが行われた。その詳細についてはフィルセルナも知らない。
 戦いの結果は -
 引き分け。
 そう言われている。魔王を始めとする敵の多くが闇の彼方へと葬られたが、剣の山へ向かった彼らもまた半数が命を落としていた。
 彼らは、戻ってきた後もあまり多くを語らなかった。だが、確かに世界は危機を回避したのだ。たとえ、それがかりそめの安息であるにしても…。
 真実を知っている者は数えるほどしかいない。
 まして、そんな戦いが長い歴史の中で今までに幾度となく繰り返されてきたことを知る者など、ほとんど皆無である。
 まさに、歴史の影での戦いと言えよう。
 三十年前、その神殿に集った者たちの名は…、
 タルカサス・ウィン
 ヒュロース・ナーライム
 カーラ・スウィーム
 エイリアム・ルノア
 …

- つづく -