悠久の山脈の遥か東。
大大陸の東の端。ウォーマ=デ=ナンテとフルスクローザ=デ=ナンテの二つの大山脈が出会う所に、それらの峰々よりもさらにひときわ高く、剣の山<ソール=テア=ナンタ>がそびえたっていた。
あたりの山々を眼下に見下ろす、その山の中腹に大きな古い神殿が身をひそめていた。
灰色の大理石の柱が立ち並ぶ薄暗い神殿の奥で、グヮモンは独り立っていた。
「グヮモン。どうやら首尾よくいったようだな」
不意に後ろから声がした。グヮモンが振り返る。
「ドゥルガ、ロイアルス…。遅いぞ」
そこに現れたのは、豚と猪を足したような顔をした獣男と、全身を漆黒のスーツアーマーで覆った騎士であった。
垂れ下がった耳、ぼさぼさのたて髪、大きな口、鋭い牙…。だが、ドゥルガの顔でもっとも目を引くのは、大小様々の傷跡である。中でも、とりわけ大きな傷跡が左目からほおにかけて走っていた。
ドゥルガは、大きな体に簡易な皮の鎧を着け、腰には大きな鋼鉄製の斧を吊っていた。それは、全身を立派な漆黒の鎧で包み、長い剣を差しているロイアルスとは対照的だった。
ドゥルガはグヮモンの横に立った。
「そう言うな、グヮモン。これでも急いで駆けつけたんだ。それに、セイナの奴もまだじゃないか」
「おいおい、ドゥルガ。おれはさっきからここにいるぜ」
柱の影から突然に姿を現したのは、頭に黒のターバンを巻いた痩せた長身の男だった。黒い麻の衣裳に身を固め、腰には細い剣を差している。
「セイナ、来ていたのか」
グヮモンが静かに言った。
「相変わらず、人を驚かせるのがうまいな」
ドゥルガが大きな口の端から鋭い牙をこぼしながらにやにやと笑う。その度に、皮の鎧に吊った斧と金具がカチャカチャと音をたてた。
だが、そんなドゥルガには答えずに、セイナは腕組みをしたまま、黒い鎧の騎士に声をかけた。
「よぉ、ロイアルス。久しぶりじゃないか? ここのところ、顔を会わす機会もなかったしな?」
だが、ロイアルスはセイナの方へ頭を少し動かしただけで、何も答えなかった。表情は鎧と同じ黒い面頬の下に隠されていて分からない。
「ふっ…相変わらずだな…」
セイナは苦笑した。
カチャリ…
不意に、神殿の奥の闇の中から、かすかな物音が響いた。
「!」
ザッ…
途端、四人はひざまづいた。
やがて、闇の中から現れたのは、額の中央で大きな赤の宝石が鋭く光る黒のマスクを被った、銀の髪をした若い男であった。彼は裾の長いゆったりとした黒の衣服に全身を包んでいた。
彼は、祭壇をゆっくりと歩くと、四人の前の一段高くなった所に設けられている黄金色の豪華な椅子に腰を下ろした。
それを合図にするかのように、グヮモンが顔を上げる。そして厳かに言った。
「サロア陛下。我ら四魔将、陛下のために天命をかける所存でございます。陛下のために、そして、我らの理想郷のために…」
同時に、残りの三人も顔を上げる。
獣王 - ドゥルガ。
黒騎士 - ロイアルス。
流影 - セイナ。
そして、闇司祭 - グヮモン。
配下の彼らをざっと見渡して、サロアは頷いた。
かつてはレキュルと呼ばれた男 - サロア。
今、ここに、新たな魔王が誕生した。
「待っていた…とはどういうことです?」
ジュヴナントは、かつて神殿で出会った女性に向って尋ねた。ルシアとトットは、訳が分からないまま立っている。彼女はそんな彼らを見てにこりと笑った。
「来ていただければ分かります」
彼女がそう言うと、不意にまばゆい光が三人の体を包み込んだ。
彼らは、大理石の柱が立ち並び、白い石が敷き詰められた、古い神殿の中にいた。天井は暗くてよくは分からない。それはまるで、悠久の年月が彼らの前にその姿をあらわしたかのようだった。
「あの時の場所…ですね? ここはいったいどこなんですか?」
ジュヴナントは、目の前の女性にかつては質問する暇もなかった問いを発した。
「ここは庇護の高地<プルスクア=デ=ヤグナフォント>の山頂、ウェルト神の神殿。つまり、世界に三つ存在する第二の神々<テントルフォン=デ=アリエトゥーメ>の神殿の一つです」
「で、でも、小さい頃、第三の神々より上位の神殿はないって聞かされたことがありますが…」
ルシアがおそるおそる尋ねる。
そんなルシアに、彼女は優しく答えた。
「ええ、確かにこれらの神殿は一般の人々には知られていません。むしろ、知らない方がいいのかもしれませんね…」
「ふーん…。なんか、よく分かんないけどさ、だったらどうして、おれたちはここにいるの?」
頭の後ろで手を組んだまま、トットは言った。
神殿の女性がトットに微笑む。
「それは私にも分かりません。あなた方がここにいるのは運命の導き。ならば、私はそれに従うだけですから」
「あなたは、いったい…?」
その背に、ジュヴナントが声をかける。
彼女はジュヴナントの方に向き返った。
「わたしはカルナウィナラス。ウェルト神の神殿を司る者…。詳しい話はベルムがしてくれると思います。さあ、参りましょうか」
「えっ…」
驚くジュヴナントらをよそに、再び光はあたり一帯を優しく包み込んでいた。
光が収まるにつれて、まわりの様子が分かってきた。一見しただけでは、何も変っていないようにも見える。しかし、何かが違う気もするのだ。だが、それが何なのかは、ジュヴナントには分からなかった。
「ここは…?」
「ようこそ、レイクアム神の神殿へ」
驚いている三人の前に、突然、若い男性が現れた。美しい金髪に、カルナウィナラスと同じような隠れる程の小さな緑の宝石の額飾りを付けている。額飾りだけでなく、その衣服もまたカルナウィナラスと同じく銀色だった。
「久しぶりね、ベルム」
ウェルト神殿の女性 - カルナウィナラスはその男性に向かって親しげに微笑んだ。
「ジュヴナント・クルス。これで会うのは二度目になるね?」
茫然と立ち尽くすジュヴナントに、レイクアム神殿のベルム - ベルムサラートが声をかけた。
「二度目…?」
ジュヴナントが尋ねる。
「まあ、無理もないか。この姿で会うのは確かに初めてだからな…」
ベルムサラートが呟く。
「えっ…」
「だが、こうすれば分かるだろう?」
と、突然、ベルムサラートをまばゆい光が包み込んだ。
その光に、ジュヴナントらは目を開けていることができなかった。
光が収まってから、ジュヴナントたちはこわごわと目を開けた。
「なっ…」
「きゃぁっ!」
そこに姿を現したのは、巨大なドラゴンであった。全身が神々しい白い輝きを放っている。優しい緑の目が高い所から彼らを見下ろしていた。
ルシアとトットは、声もなくただドラゴンを見上げていた。
「ま…まさか、あの時の…」
ジュヴナントが呟いた。
「そう。君たちが闘ったドラゴンだ」
神殿にベルムサラートの声が響く。
「そんな…」
かつて、ジュヴナントがレキュル、クレア、ヤンと共に闘ったドラゴンの正体は、今彼らの目の前にいるベルムサラートだったのである。
「でも…どうして…。それに、あのドラゴンは、今とは全く違っていたような…」
「この姿では話しづらいから、さっきの姿に戻らせてもらうよ」
ドラゴンはそう言うと、再び光に包まれた。次の瞬間、そこに立っていたのは、さっきまでのベルムサラートだった。
カルナウィナラスが微笑んでいる。
それを見てから、ベルムサラートは口を開いた。
「あれには、訳があるんだ」
- つづく -