森の中で、ジュヴナントは再びミシャに出会った。その姿はジュヴナントの知る昔のミシャ・エドバンドそのものだった。五年の歳月などなきに等しかった。ただ、彼女がミリアーヌと名乗っていることと、ジュヴナントと敵対していることを除けば…ではあるが。
「うっ…」
トットは頭を押さえて立ち上がった。吹き飛ばされたときにどうやらどこかにぶつけたらしい。手で頭を触ってみるとこぶになっていた。
「いってぇ…。何だったん…、わぁっ!」
突然、目の前を雷球が通り過ぎていった。
再び、トットはへたりこんだ。
「な、な…」
トットは雷球の飛んできた方向を見た。
「あっ…!」
まだ薄く土煙の立ちこめる藪の向こう。そこでは、ジュヴナントとルシアが見知らぬ女性と対峙していた。雷球はその女性が放ったに違いなかった。
「あんな危ないものを…」
次に何かあったら、ジュヴナントたちはかわせるだろうか?
「そうだ!」
瞬時に、トットは一案を思いついた。
懐から特製のパチンコを取りだした。そして、地面から手頃な大きさの石を拾い上げる。
と、その女性が衣服の裾をはためかせながら宙に浮かんでいく。
風が吹き、木々がざわめく。
そのどさくさに紛れて、トットは近くの木に巻きついていた蔦を思い切りぐいと引き寄せた。かなりの長さだ。ここから、あの女性のいる所までは十分に足る長さである。
彼女は何やら呪文のようなものを唱えていた。それにつれて、その両手の中で雷球が生まれ、その大きさを増していく。
「すげえ…」
トットは急いで蔦の端を石に結びつけると、それをパチンコにセットした。そのまま、茂みの中に身をひそめる。
雷球の光がトットの顔を照す。その額を一筋の汗がつたった。
「これで終わりだーっ!」
ミリアーヌが腕を振り下ろす。
両腕の間に閉じこめておいた雷の力が開放され、光の渦となってジュヴナントたちに向かって一直線にのびていく。
「いけっ!」
トットはパチンコを発射した。
ジュヴナントはとっさにルシアをかばうように抱きかかえた。
目を閉じる。視界が真っ白になった。
バシィーッ!!
ミリアーヌの放った呪文が、トットの発射した石と衝突した。
雷の力は石に結び付けられた蔦を伝わって、蔦のからまっている近くの立ち木へと渡った。
木が悲鳴を上げる。
一瞬のうちにすさまじいエネルギーが駆け抜ける。
蔦は一瞬のうちに燃えつき、木は炎に包まれて真っ二つに割れた。
「うぁっ!?」
木の近くにいたトットも無事ではすまなかった。木へと流れた雷は、そのまわりの地面をも震わせた。激しい電気ショックと同じである。トットはその場にばたりと倒れた。
「ぐっ…」
「きゃっ!」
ルシアをかばうように抱きかかえたジュヴナントを雷の余波が襲った。
雷球は、トットの放った石と蔦を伝って大半のエネルギーを失ったとはいえ、まだかなりの力を秘めていた。
ジュヴナントの体を、衝撃とともに激しい痛みが貫いた。
だが、それも一瞬のことだ。
ミリアーヌが凝縮させた力も、ようやくすべてが四散し尽くしたのである。
ジュヴナントは、自分が無事なことを不思議に思った。そして、そのまま脇を見る。
「…! トット!」
近くの立ち木は真っ二つに割れ、白煙を上げてくすぶっていた。燃え尽きた蔦のあとが地面に伸びている。その脇に、トットがうつ伏せになって倒れていた。だが、ジュヴナントの位置からはトットの生死を確認することはできなかった。
ジュヴナントはすべてを理解した。
もしも、雷球の直撃を受けていたならば無事ではすまなかったろう。
ジュヴナントはもくもくと白煙を上げる木の姿に、あらためてミリアーヌの呪文のすさまじさを見たような気がした。
「…、ルシア!」
ジュヴナントは腕の中のルシアのことを思いだした。
ルシアはすでに気を失っていた。うす汚れた顔は、まるで眠っているかのようですらある。
「ルシア…」
二人を襲った力も相当のものだったのだ。ジュヴナントが何ともなかったのは、国王から送られたこの鎧のおかげかもしれなかった。
ジュヴナントはルシアをそっと地面に横たえた。ルシアの顔についたすす汚れを払ってやる。
そして、立ち上がって再びトットの方を見た。トットは相変わらず倒れたままで、ピクリとも動く気配はない。
「…ちぃ。あんな小僧に邪魔されるとは…」
空中から、ミリアーヌの声がした。
ジュヴナントはキッとミリアーヌに向き返った。
肩で息を切らせながら、ミリアーヌはまだ空中にとどまっていた
「…おまえが、ミシャだろうと、そうでなかろうと、もう構わない…。許さない!」
ジュヴナントはスラリと剣を抜いた。
本当ならばミシャに対して剣など向けたくはなかった。だが、もうそうも言ってはいられないのだ。
その双眸には冷たい光が宿っていた。
「な…」
ミリアーヌはジュヴナントの突然の迫力に気圧される自分を感じていた。
「な、何ができるというんだ、きさまなどに。おまえこそ、ここで死ぬんだっ!」
ミリアーヌは素速くライト・アローの呪文を唱えると、手から立て続けに光の矢を発射した。
細い光の矢が雨のようにジュヴナントを襲う。
だが、ジュヴナントは素速く左右に跳んで、そのすべてをかわした。
「そ、そんなばかな…」
ミリアーヌは驚愕した。
チャッ…
ジュヴナントはミリアーヌを睨みつけたまま、無言で剣を構える。
ミリアーヌの背中に、冷たいものが走った。
理由はミリアーヌにも分からない。立場は、圧倒的にミリアーヌの方が有利なのだ。飛び道具でも使わない限り、ジュヴナントがミリアーヌを攻撃することなどできないはずである。
しかし、そう分かっていても、心の奥には何かがひっかかるのだ。
ザッ…
ジュヴナントが歩を進める。
ミリアーヌはビクリとした。額を冷や汗がつたう。重い沈黙があたりを支配する。
「う…うぉぉーっ!」
ミリアーヌは雷撃を放った。
バシィッ!
地面に大きな穴が開く。
だが、その雷撃もジュヴナントにはかすり傷一つ負わすことができない。
「…な…なぜだ…?」
肩で息をしながら、ミリアーヌは呟いた。
雷撃をかわした後も、ジュヴナントはミリアーヌを睨みつけたままだった。
ミリアーヌの一挙手一投足から目を離すことはできない。
ジュヴナントには、ミリアーヌの精神力が尽きるのを待つより他はない。それまでは攻撃をさせ、それを避け続けるしかないのだ。
全神経をミリアーヌの動きに集中させる。
空気が張りつめる。
ジュヴナントは再び歩を進めた。
「…くぅっ…、ならっ…!」
ミリアーヌは突然右手を真横に振り上げた。手の先に雷球が生まれる。
その先には…。
汗の光るミリアーヌの顔が、ふいに醜く歪む。
「見るがいいっ!」
そして、そのまま雷球を発射する。
ジュヴナントの表情が強ばった。
「…! ルシアーっ!」
ジュヴナントの叫び声が森の中にこだました。
ドウッ!
次の瞬間、横たわったままのルシアを雷球が直撃した。
地面に衝突した雷球が大きく膨れ上がり、ルシアの体が光の渦の中に消える。
近くの茂みに燃え移った火が炎となって燃え上がる。
「そ…そんな…」
ジュヴナントは茫然とその場に立ち尽くした。
「はっはっはっ。心配することはない。おまえもすぐに後を追わせてやる」
ミリアーヌは再び腕を振り上げると、呪文を唱え始めた。
しかし、ジュヴナントはその場に立ち尽くしたまま、炎を見つめていた。ミリアーヌの言葉も遠くに聞こえていた。動くことすら忘れていた。
「これで終わり…なっ!」
「えっ!」
その時、ミリアーヌとジュヴナントが叫んだのはほとんど同時だった。
先程、雷撃が直撃した所 - ルシアのいた場所からの、突然の激しい閃光。それは、光の柱となって森を抜け、真っ直ぐに天を貫いた。
「な、何が起こったというのだ…」
光がミリアーヌの不安げな顔を照しだす。
ジュヴナントには、ただ光を見つめるしかできなかった。
光が森を明々と照しだした。
- つづく -