竜騎士伝説

Dragon Knight Saga

第3章 出会い その1

 ジュヴナントは、ガネリア街道を独り北へと歩いていた。
 天気は快晴。青く晴れた空にまばらに白い雲が浮かんでいる。
 そんな緩やかな午後の日差しに、白銀の鎧がひときわきらめいている。その胸元には、ドラゴンの絵と星と三日月をかたどったベルタナスの紋章が小さく刻まれている。
 草原の中を延びる街道は、ゆるやかな弧を描きながら、大河ガネリア川、そしてその支流コムラタ川に沿って遙か北へと続いている。
 ジュヴナントは独り歩き続けた。街道を、ただ、北へと。

 ジュヴナントがナムラの王城の謁見ノ間を退出しようとしたとき、ベルタナス王国の国王クワラル三世がジュヴナントを呼び止めた。
 クワラル三世は近くの若い小姓に合図を送った。小姓は一礼して部屋を出ると、二人がかりでふた抱えもある大きな木箱を持って戻ってきた。木箱をジュヴナントの前に置くと、彼らは再び部屋の隅に戻った。
「開けてみるがよい」
 クワラル三世は厳かにそう言った。
 ジュヴナントはゆっくりと木箱の蓋を開けた。
 紫の布で裏うちされた箱の中に入っていたのは、鈍く銀色に輝く胸当て鎧つまりブレストアーマーだった。肩、胸、背中を重点的に金属板で覆うタイプの鎧だ。かなり使い込まれたもののようで、表面には無数のこまかい傷が走っていた。だが、手入れは行き届いており、銀色の輝きに曇りは見えない。
 ジュヴナントが顔を上げる。
 クワラル三世は無言で頷いた。
 ジュヴナントは箱に入っている紫の詰め物をどけると、鎧を取り出した。それは見た目よりはずっと軽く作られていた。胸のところには、羽根を広げたドラゴンと、その上に輝くベルタナスの紋章が刻まれていた。
 その時、ジュヴナントは、この鎧が伝説の希少金属ミスリルでつくられているものであることを直感によって知った。
 ミスリル - それは軽さと強さを兼ね備えた珍しい金属である。大陸での生産量がごくごく微量であるため、非常に高価で希少なものとされている。また、その明るい銀色の輝きには、見る者を引き込む美しさがある。
 だが、鎧一つをつくれるほどのミスリルの値段など、想像もできない。
「ジュヴナントよ。ドラゴンを倒せし勇者よ。今日から、おぬしに竜の騎士の称号を与える」
 クワラル三世の声が静かな謁見ノ間にこだました。
 ジュヴナントは、ひざまづいたまま、深々と頭を下げた。

「すぐに出発するのか?」
 荷物の整理に取りかかったジュヴナントに、ダリオットが声をかける。
「ええ。あまりここにお邪魔するわけにもいかないですから」
「…分かったよ。だが、お前は騎士の称号を得たんだ。だからここは、いつでも好きな時に戻ってこられる場所だってことを忘れるなよ」
 そして、ダリオットは笑ってもう一言付け加えた。
「ま、その方がおれの退屈しのぎにもなるしな?」
「ありがとうございます」
 ジュヴナントは部屋を出るダリオットの姿を見送った。その後ろ姿はあまりにも気高かった。

 城を出ていくジュヴナントの姿を、クワラル三世とジェンラウァは城の一室の窓から見下ろしていた。
「ジェンラウァよ。ジュヴナントを彼女に会わせようというのか…」
「私には、それが一番よい方法だと思えますよ。それに…。だからこそ、国王様もあの鎧を送られたのでしょう?」
「ほっほっ…。それはそうだがのぅ…」
 クワラル三世はそう言うと、視線を遠くの森へと移した。
 木々には若葉が茂りつつあった。草花の中にはすでに花を咲かせているものすらある。
 緩やかに流れる風が暖かい。
「もうすぐ、春なのじゃな…」
 クワラル三世はそっと呟いた。
 すでに、季節は春に向かっての坂を急速に転がり始めていた。
 だが、その季節が多くの人々にとって幸福なものとなるのかどうか。それは、まだ明らかではない。


 街道の先に、小さな街の姿に重なって、広大な森の姿が見てとれた。陽光に照り返す薄緑の森は、見渡す限り地平線に沿って果てしなく広がっているかのようだ。
 北の大森林<グルナ=デ=フォンタル>である。
 とうとう、ガネリア街道の最北端の地、タトナの街に着いたのだ。
 ジュヴナントは歩速を速めた。まだ、その先に何が待つのかも知らずに…。

 ジュヴナントはタトナの街の小さな門をくぐった。
 この街の建物は木造が多い。土台の石組みを除いて、木以外の材料をほとんど使っていないようだった。そのため、家の柱や壁からは、木目をそのまま装飾に用いているかのような印象を受ける。材料となる木を森からいくらでも取ってくることができるためだろう。
 たいした装飾もない家々は、タトナの街をさらにこじんまりと素朴に見せていた。平屋の家が多いのも、その印象をより加速させていた。
 門から広場までの道は、舗装もされず土のままであった。街中を見渡しても、中央広場のあたりがわずかに石畳で覆われているにすぎない。
 ジュヴナントはそんな道を歩いていた。
 すれちがう人もさほど多くない、そんな街であった。

「何をするんですか!」
 突然、町中に若い女性の声が響いた。
 見ると、酒場の前に人だかりができている。
 その人の輪の中心は、ジュヴナントと同じくらいの年齢の女性と、まだ一〇歳くらいの少年であった。
 女性は、肩まであるゆったりしたはしばみ色の髪とふっくらとした顔をしていた。瞳も髪と同じ色だ。草色のふんわりとした衣裳をまとい、腰のところを革ひもでとめている。
 少年は、まとまりの悪い濃い茶色の髪をずたぶくろの切れ端のような麻の帽子に押し込んでいた。身につけている麻の着物も、うす汚れて擦り切れそうになっている。
 少年は女性の足元に隠れるかのように、女性は少年をかばうかのようにして、まわりを取り囲んでいる大男たちに対していた。
 女性と子供のまわりを取り囲んでいる男たちは、全部で六、七人といったところだろうか。彼らは皆、丸太のような太い腕と厚い胸板をしている。たいていが、ズボン吊りの上から皮の服を着ていた。中には赤い小さな帽子をかぶっている者もいる。そして、皆が腰には手斧を差していた。風体から察して、彼らが森のキコリであるのは間違いなさそうだった。
「分かっているのか、ねえちゃんよ。そのガキはおれの財布を盗もうとしたんだぜ」
 酒臭い息を吐き出しながら、男の一人が言った。
「だからといって、こんな小さな子を、あなたたちのような人がよってたかって…」
 だが、彼女の言葉をさえぎって、その男が口を開いた。
「いいかい? どんな小さなガキだってな、悪いことは悪いんだ。おれたちは、そいつにそのことを教えてやろうとしただけさ」
 それは諭すような口調であったが、その中には明らかに人を見下したかのような節があった。
「さあ、いい子だからそこを退くんだ。でないと、おまえまで痛い目を見ることになるぞ」
「…!」
 女性にできることは、無言で彼らを睨みつけることだけであった。彼女はそのままその場を一歩も動こうとしない。
「おれたちもあまり暇じゃあないんだ。あんまし、ききわけが悪いと、本気で怒るぞ!」
 男の一人がすごみをきかせて彼女に迫った。
「もうそれくらいで許してやったらどうだい?」
 怪訝そうな顔をして振り向いた男たちの前に、ジュヴナントは人込みを割って悠然と歩み出た。
「何だぁ、きさまは。関係のない奴は引っ込んでろ!」
 別の男が怒鳴る。
「こういう場面を見て、そうはいかないだろ? それに大の男が、大勢で昼間から女子供に絡むのはかっこいいもんじゃないよ」
「きさま…!」
 その言葉に、男たちは本気で怒ったようだった。素速く腰から手斧を引き抜く。
「よそ者のくせに、おれたちの問題に口出しをするな!」
 だが、ジュヴナントはあくまでも冷静だった。
「これ以上、恥の上塗りはやめたほうがいいと思うけど…」
「何だとぉ!」
 完全に逆上したようだった。一人の男が手斧を振りかざして、勢いよく打ちかかってくる。
 まわりの人込みから悲鳴が上がった。
 だが、ジュヴナントは剣を抜きざまに一閃させると、その手斧を何なく弾き飛ばした。
 手斧は何回か空中を回転すると、男の足元の地面に突き刺さった。
「…なっ…」
 男は、その場にぺたりと腰を落とした。他の男たちも、ただ、あっけにとられるばかりだ。
「さあどうする? 今度飛ぶのは、おまえの手首かもしれないぞ」
 ジュヴナントは剣の切っ先を男の鼻先に突きつけると、わざと冷たく言い放った。
「お、おぼえてろ!」
 男たちは捨てぜりふを残すと、人込みを割って走り去っていった。
「ふぅ…」
 ジュヴナントはため息を一つつくと、剣を鞘へと収めた。

- つづく -