チチチ・・・というさえずりとともに、青く晴れた空を数羽の小鳥が横切っていく。行く人もほとんどない小さな街道。北から南にまっすぐに延びる道の脇で、木々が乾いた大地にまばらな影を投げかけている。
そんな道を四人の若者が歩いていた。
「まったく、退屈だよなぁ」
だが、他の誰もそれには答えない。
彼は、両手を頭の後ろに組んだまま、道ばたの小石を蹴飛ばした。背中では手に持った麻のザックが、矢筒に当たってこつこつと音を立てている。
彼は、薄い茶色の皮の胴着を身につけていた。なめし皮で作られたそれは、一般にチュニックと呼ばれる防具である。革製でかつ薄いため、軽く、音をたてない。そのため盗賊などがよくこの防具を使用した。彼、ヤン・コートランドもそんな盗賊の一人である。
「あーあ…」
そう呟いて、今度は思い切り石を蹴飛ばした。
「いてっ!」
石は見事に前を歩く青年の頭に当たった。
「あちゃー…」
ぷるぷる震える鳶色の後頭部と金属製の鎧で覆われた背中を、ひくつきながら見守るヤン。
「ヤーンー!」
「あ、ジュナ、悪い、悪い」
頭をかきながら、ヤンはジュヴナントに謝る。
「まったくおまえは…」
ジュナことジュヴナント・クルスが振り返ってヤンに詰め寄る。戦士でありながら、小柄な体だ。ヤンに言わせると、よく言えば引き締まった体の色男、悪く言えばただの優男ということらしい。
「もう、いい加減にしときなさいよ。辟易してるのはあんたたちだけじゃないんだから」
とうとう、呆れたように、長い黒髪の女性が二人の口論に口を挟む。振り返るたびに白いローブが揺れる。クレア・フェリス。見れば一目で分かるような魔法使い。目もと口もとが、いかにも気の強そうな雰囲気を漂わせている。
強そうな、で済めばいいんだけど…、とは同じくヤンの弁。
「いい加減同じ景色。飽きてくるわよ」
そう言って彼女は辺りを見回した。だが、景色は相変わらず単調な色彩を見せるだけだ。
「だから、ジュナがあそこで右に行こうっていったから…」
「俺はそんなこと言ってないぞ!」
ヤンの言葉にジュヴナントが反論する。
「もういいじゃない、そんなこと」
面倒くさそうに、クレアが言い放つ。
「あ、そういえば…」
「何だよ、ヤン?」
ジュヴナントがヤンに尋ねる。
「思い出したぞ! 分岐点で、どっちに行くかって言ってたとき、面倒くさいって、とっと右へ行ったのってクレアじゃないか!」
「だからそれはもういいって言ってるじゃない!」
腰に手を当てて抗議するクレア。
「い、いや、でもさ…」
「何よ! 言いたいことがあるならはっきりと言いなさいよ!」
「ヤン、クレア、もうそれくらいにしときなよ」
何で自分が…、と思いながらも仲裁に入らざるを得ないジュヴナントであった。もっとも、こんなやりとりは日常茶飯事なのだが。
「ちょっとレキュル。手伝ってくれよ」
ジュヴナントは先頭を黙々と独り行くレキュル・アーカスに呼びかけた。
濃い青の神官服に身を包んだ彼は、ソーバルトという宗派の神官戦士である。もっとも、この宗教は教義よりも武術を重んじるとも言われるほど宗教色は薄く、武術家養成学校という趣が強い。
彼の武器はレイピアという細い剣だ。これは斬るよりは刺すという用途で用いられる。軽いが取り扱いはさほど容易ではない。
碧色の目を前方に向けたまま、だが、レキュルはジュヴナントの問いかけには答えなかった。
ぴたりと歩を止める。
「レキュル?」
ジュヴナントが怪訝そうに、レキュルの銀色の髪に向かって尋ねる。
「ジュナ、見ろ」
振り返ることなく、静かな声でレキュルが言う。
「霧だ…」
「どういうこと?」
あたりに目配せしながら、クレアが尋ねる。
「分からん。だが、この時期こんなところで霧が出るはずがない」
レキュルが答えた。
「とはいっても、ここで立ち止まってるわけにもいかないか…」
ジュヴナントがあたりを見渡すが、他には人影も見えない。
「ああ」
レキュルがまわりに張っている魔法の結界は何の異常も示していない。
「じゃあ決まりだな。とりあえず先へ行こうぜ」
ヤンの提案に皆が頷いた。
『こんなところで魔物に襲われたらたまったものではないな…』
用心のため、ジュヴナントは剣を鞘から抜いて進む。
『怪しいが…進むしかないか…』
レキュルは結界の感度を最大限に上げた。
『まったくこの霧は…。せっかくの服が湿っちゃうじゃないのよ』
もちろん、クレアには呪文で服を乾かすこともできたが、それはやめた。
『もうしばらくすれば、霧も晴れるでしょうよ』
『霧さえ出てなければ、どのあたりか分かるんだけど…』
ヤンは重い足を引きずって歩く。辺りを見回しても、見えるのは霧ばかりである。
一時間ほど進んだときであったろうか。
不意に霧の中から、彼らの前に小さなほこらが姿を現した。
彼らは、十分用心しながらも、何かに惹かれるようにほこらに近づいた。
不思議と、危険はないという確信にも近い感覚があった。
狭いほこらの中には、ただ一枚の石版があるのみだった。
石版にはこう刻まれていた。
光ありし所、闇またあり。
闇ありし所、光またあり。
それは一体となって、
哀しき円環をつくる。
だが誰にも止めることはできない。
不意に、風が草を揺らした。
驚いている彼らを、突然、光が満たした。
時代は、ここに三十年の休息を得て、再び環り始めたのある。
さらにまばゆい光が閃光となってあたりを包み込んだ。
- つづく -