ジュエリと卵の妖精

JEWELY - with the egg faily -

その3

 しだいにまわりの光が薄れていった。
 その時初めて、ジュエリは自分が鬱蒼とした深い森のなかにいることに気付いた。
「う…うそでしょ…」
 すでに心地よい浮遊感も幻想感も消えていた。
 目の前には延々と木々が続いている。だが、不思議と森は暗くなかった。まるで、森自身が発光しているかの様に、辺りは淡い緑の光に包まれていた。
 …まったく。頭痛くなりそうな景色ね。
 でも、悩んでいても仕方がないか。
 ジュエリは気を取り直すと、森のなかの獣道の様な細い道を歩き始めた。もっとも、この方向であっている自信なんてのは全然なかったけど。
『あなたって子は、ほんとうに立ち直りが早いんだから』
 母親の声が頭の中に浮かぶ。
 ほんと、私って得な性格しているわ…。
 怖かったけれど、ジュエリは強がってみせた。
 さぁて、何でもでてらっしゃい!(…でてこない方がいいけど…)

 あっ。…ったくぅ。
 道を進み始めたばかりであったが、さっきから<魔法使いの前掛>がヒラヒラと道ばたの小枝にひっかかり、どうも具合が悪い。
 前掛の帯を結べばいいんだけど…ねぇ。
 そんなことを悩みながら、歩いていた。
 けど…ま、しかたないか…。
 そう呟くと、ジュエリは、立ち止まって前掛の帯を結んだ。
 その時、
 カサッ…
「えっ…!」
 近くで物音がした。ジュエリは、さっと身を固くする。
 どきどきどき…。
 だ…誰かいるの。
 ジュエリは辺りを注意深く見回した。が、目にはいるのは木と茂みばかり。
 …気のせいかしら?
 ジュエリが再び歩き始めようとしたその時、何かが目の前を横切った。
「…!」
 声も出なかった。
 ウ…ウサギよね、今の。で…でも…。
 それは再び茂みから飛びだすと、ジュエリの目の前で立ち止まった。ジュエリの方へ顔を向け、探るようにフンフンと鼻をかいでいる。
 そ…そんなことって…。
 確かにそれはウサギだった。ただし、ぬいぐるみの…ではあったが。
 そのぬいぐるみには、いやというほど見覚えがあった。
 ちょっとはげかけた白い毛皮、ビーズの赤い目、ふわふわした綿のようなしっぽ、愛らしいちっちゃな鼻…。どれもこれも、ジュエリには馴染み深いものだった。
 あのぬいぐるみ、私がおばあさまの家に来る時…持ってこようかどうしようか、さんざん悩んで…、結局持ってこなかったのよね。でも、どうしてこんな所にいるの? 私の部屋に置いておいたはずなのに…。
「ねえ、どうしてここに…」
 ジュエリがぬいぐるみのウサギに話しかけようとした時、ぬいぐるみはパッと茂みに飛びこんだ。
「待って!」
 ジュエリは夢中で後を追った。

 どこへ行ったのかしら…?
 もうぬいぐるみのウサギの姿は見えなかった。そのうえ、追いかけているうちにジュエリ自身も道に迷ってしまった。
 ま、最初から迷ってたようなもんなんだけど…。
 ジュエリは再び薄暗い森のなかを歩き始めた。

 しかし、どうなっているのかしら…この森は…。あれからもう、1時間は歩いたわよ。もうそろそろ、出口があってもいい頃じゃない?
 まわりの木には、つるが巻いているものもあって、歩きにくい。そのうえ、道もだんだん狭くなってきていた。
 不安がひたひたと足音を忍ばせて心の地平線に顔をのぞかせかかっている。それを、ジュエリは必死に押し沈める。
 小さい頃から野山を駆け回っていたせいもあるのだろうか、これだけ歩きにくい森のなかを歩いても不思議と疲れを感じなかった。が、いいかげん、いやになってきてもいた。
 もう…!
 何度目かの、木の根に足をとられて転んだ時、ジュエリにはもう我慢できなくなった。
「いいかげんにしてよ!」
 ジュエリがそう叫んで顔を起こすと、森はすぐそこで終わっていた。

 ガサッ…、ガサッ…
 ジュエリは無言で歩いていた。
「今度は、何なのよ!」
 森をぬけた時、思わずジュエリはそう叫んだ。
 彼女が見たのは、荒涼と広がるイバラの草原だった。見渡す限り、イバラしか見えなかった。太陽はなかったが、空はぼんやりと白く輝いていた。
 鋭い棘のついた枝で起伏の少ない大地にしがみつくように、イバラは低く遠くへと広がっていた。
 後戻りも…できない…か。
 後ろに広がる鬱蒼とした森を振り返りながら、ジュエリはつぶやいた。
 ジュエリは、足元に注意しつつ、ゆっくりとイバラの草原に足を踏みだした。
 振り返ることなく歩く。
 イバラを踏みしめる乾いた音だけがあたりに響く。
 そんな彼女のとなりを冷たい風が吹きぬけ、ジュエリはぶるっと体をふるわせた。
 …どうしてこんな所を歩かなくっちゃならないの?
 考えれば考えるほど、考えた分だけ、だんだん悲しくなってくる。
 …こうなったら、世界の果てまでだって歩いていってやるんだから…。
 こぼれそうになる涙をぐっとこらえながら、ジュエリは前方を睨みつけた。
 ただただ、無言で歩き続けた。

- つづく -