突然視界に入った人影に、ジュエリは自分の目を疑った。
お…おばあさま?
ジュエリのずっと前のほうに祖母ジェンカの姿がある。
今のジュエリにとっては、なぜ祖母がこんな所にいるのかなんてどうでもよいことだった。知っている人に会えたこと、それがただただ嬉しい。
「おばあさまーっ!」
ジュエリは祖母の方へむかって走りながら叫んだ。
おばあさまに会えるのがこんなに嬉しい時があるなんて…。
ジェンカもジュエリの声が聞こえたようで、立ち止まってジュエリの方を振り返った。
「はぁ…はぁ…、おばあさま…」
ジュエリは息をきらせながら、話しかけた。聞きたいことは山ほどある。
「…ここは、いった…」
「ジュエリ! こんな所で何をしているんです!」
「えっ…」
ジュエリは一瞬何を言われたのか理解できなかった。
「まだ部屋の片付けもすんでいないのでしょう」
祖母ジェンカは、眉間にしわを寄せたままそう言った。
「で…でも…」
「もう言い訳は聞き飽きました。あなたはどうして言われたこともできないの?」
違うのよ! そうじゃないわ。私は…。
ジェンカはジュエリが口を開く間も与えずに言葉をついだ。
「…まったく、あなたって子はいつだってそうなんだから。隣町に手紙をもっていってもらった時も、あんまり帰りが遅いんでどうかしたのかと思ったら、友達の所へ転がりこんでて…。私がどれくらい心配したと思っているの!」
そりゃあ、あの時のことは悪いと思っているし反省しているわ。
でも、今はそうじゃないわ。変だと思わないの? 仕事をさぼるとかじゃなくって…、そんなことじゃないのよ。違うの! どうして、どうして分かってくれないのよ!
普段であったら、これくらいのお小言は何でもなかっただろう。でも、今は…。
おばあさま…。
もう祖母が何を言っているのかも分からない。
「私はね、…ジュエリ、ジュエリ、どこへ行くの! 待ちなさい! ジュエリ!」
もう、いやっ…!
ジュエリは駆けだした。涙がこぼれそうになるのを必死にこらえて…。ただひたすらに走った。
悲しかった。ただただ、悲しかった。
だから、ジュエリは走った。
ジュエリは歩きながら、先程のことを思いだしていた。
走ってきちゃったけど…、また心配しているかな。…でも、おばあさまがいけないのよ…。
…でも、結局、また独りか…。
重い気持ちのまま、ゆっくりと顔を上げ、ジュエリはイバラの中を歩き続けた。何かをしていなければ、気持ちが押しつぶされてしまいそうだったから。だから、ジュエリは何も考えないようにして、ひたすらに歩き続けた。
しかし、ジュエリは気付かなかった。彼女の後ろでは少しずつイバラが若草に変わっていったことを…、彼女がケガ一つしなかったことを…。
どれくらい歩いただろうか。イバラの草原の向こうに小高い白い丘が見えた時には、救われた気持ちになった。
ふぅ…。
ジュエリは、ため息をひとつつくと、白い丘へ登っていった。丘に雪が積っているわけではなく、丘の土の色自体が白かった。
地面に反射した光がジュエリを淡く照しだす。
ここまできたら、もう意地よね。
しばらく行くと、彼女の前方にぼんやりと建物らしきものが見えてきた。
何かしら…?
ジュエリが訝しんでいるうちに、それは光をかき分けるようにしてみるみる近付いてきた。
それはガラスでできた巨大な城だった。
ジュエリはその前に立った。
美しさだけではなく重厚さをもそなえた王城。空と丘からの光がガラスの内部で複雑に反射して、きらめくような輝きを放っている。
綺麗…。
ジュエリは、しばらくの間、角度によって七色のごとく輝くガラスの城を陶然と見上げた。
やがて、城門がゆっくりと開き…、ジュエリは自然と城の中へと足を踏み入れていった。
城内も全てガラスでできていた。
まわりから柔らかい光がジュエリを包み込んだ。
夢見心地ってこういうのを言うんだろうな…、とジュエリはぼんやりした頭で考えた。
ここには時間の流れすら存在しないようだった。
- つづく -