「ジュエリ! いつもそうやってぼんやりしてるから、失敗ばかりするんですよ!」
年季の入ったしわの寄った指先がジュエリの鼻先に突きつけられる。お説教をする銀縁眼鏡の白髪の老婦人。少し頬を膨らませ、だまって小言を聞いている少女。こんな風景も、この屋敷ではもうよくある光景になっていた。
といっても、今のこの小さな屋敷の住人は、ジュエリと彼女の祖母のジェンカだけ。毎日のように繰り返される2人のやりとりも、朝日が差し込む窓の外で小鳥ぐらいしか聞くものがいない。
「だから、前掛けのひもはちゃんと縛っておくようにっていつも言ってるんです」
木机の上の半分に割れた大きな茶色のガラス瓶を横目で見ながら、ジェンカは腰に手を当ててため息をつく。
「いいこと。早くこのガラス瓶を片づけてしまうんですよ!」
だが、その言葉の半分もジュエリが聞いていないことをジェンカは知っていた。
あきれたような顔をしたまま、老婦人はジュエリに背を向た。
「はーい、おばあさま」
ジュエリは、わざとその背中に元気よく言ってみせた。
「いやになっちゃうわ…」
割れたガラス瓶をめんどくさそうにくずかごに放り込みながら、ジュエリは今日すでに何十回目となる愚痴をこぼした。
「まったくさ、16の乙女を何だと思っているのかしら…」
「何をぶつぶつ言っているんだい。さっさと、仕事を済ましておしまいなよ」
となりの部屋から声が飛ぶ。
「はーい、おばあさま」
ジュエリはそう答えておきながら、心の中では舌を出してみせた。<おばあさま>は隣の部屋にいるので、こちらの姿は見えないはずだった。が、それでも用心しなければならない。
何と言っても、祖母はこの辺りでは名を知られた<魔女>だからだ。
今まで、何度お小言を聞かされたことか…。数えたらきりがない。
黙ってれば、優しそうな人のいいおばあさんにしか見えないのにねぇ…。
でも、いやな仕事はいや! それは変えようがないわ!
ジュエリは16歳の魔法使い見習い。くるくるした明るい茶色の目をしていて、一見しただけで元気がよさそうだと分かる女の子。肩まである鳶色の髪は大きなワインレッドのリボンでとめている。靴はリボンとお揃いのワインレッド。服は白いブラウスにサファイヤブルーのロングスカートを着ているのだが、その上の<魔法使いの前掛>のせいで、せっかくのお洒落も片無しとなっていた。
この<魔法使いの前掛>ときたら、暗いブルーグレーで、しかもかなりの年代物らしく、うす汚れたボロになっていた。何でも、魔法使いたる者はこういった前掛けをしないといけないのだそうで。着ること自体が儀式の一つだといわれている。とはいうものの、ジュエリにはいまいちピンとこない。
そういえば昔お母さんも着たって言ってたっけ。
壁に掛けた鏡に映る自分の姿を見ながら、ジュエリは祖母の言葉を思い出した。
しっかし、センスというものが無いのかしら。形を変えるとか、柄をつけるとか、…せめてあの色だけでも何とかして欲しいわよね。
ジュエリは<魔法使いの前掛>を見る度に文句の一つも言いたくなる。
<魔法使いの前掛>は、首にひもを掛け腰の所を帯で後にとめるようになっていたけれども、ジュエリは帯を結ばずにしていた。彼女なりのささやかな抵抗。祖母には行儀が悪いって何度も怒られてるけど。
これぐらいは…ね。
この家でジュエリが魔女の修業を始めてから、もう3年。その間に、彼女がしたことといえば、祖母の仕事の後片付けと何だか分からない薬の調合だけ。
まったく、いつになったらちゃんとしたことを教えてくれるつもりなのかしら? まさかこのまま、ってことはないわよね。まったく、ぼけちゃったんじゃないだろうけど…。
ジュエリは軽く頭をふってとりとめのない考えを追い払うと、はぁっというため息と一緒に机の上を片付け始めた。
「こんな片付けくらい、お得意の魔法でパッパーっとできないのかしら…」
「何か言ったかい」
いきなり後ろで祖母の声がしたものだから、ジュエリはビクッとして手の中の花瓶を落しそうになった。
「い…いえ、何でもありませんわ…」
花瓶を胸に抱えたまま、ジュエリは慌てて振り向いた。つつーっと頬を冷や汗がつたう。笑おうとしたけど、頬がひくひくっと引きつるだけ。
…こりゃまたお小言だわー。
しかし、しかしである。
「…まあいいわ、私は今から用があって出かけるから、戻ってくるまでに部屋の片付けと63番の薬の調合を済ましておくのですよ」
「は…はい、おばあさま」
「じゃあ後はよろしく頼むわね」
「はい! 行ってらっしゃいませ」
<おばあさま>はそれだけ言うと出かけてしまったのだ。
ラ…ラッキー! ジュエリは思わずそう叫びそうになった。
- つづく -