今でない時代。ここでない場所。そこにその世界 - アーケルバスタはある。
神話の時代から連綿と続く時の流れとともに、その世界はこれまでに数えきれないほどの物語を育んできた。
私は今から、一つの物語を話したいと思う。
大洋の真ん中に浮かぶ大大陸と呼ばれる大陸。それが物語の舞台である。
そこでは様々な人々がそれぞれの日々の生活を営んでいる。
これは、望むと望まざるとに関わらず、世界そのものに関わることとなった者たちの物語である。
だが、その物語を始める前に、この世界でもっとも有名な神話 - ナシトルフォン・クウェントについて話す必要があろう。これはまた、創世記とも呼ばれている。
そして、すべての物語はここから始まる。
- ひとたび止まっていた時の糸車は、ある日突然環りだす。そうとは知らぬ人々を巻き込みながら。
パンフェル・ホフナー
はじめに、大いなる、万物唯一の神がいた。
世界には、その神しかなかった。いや、その神が世界であったと言ってもよい。
その神は、フア=トリカ=ナシトルフォン=デ=アリエトゥーム=スサ=イーウェと言った。唯一絶対の始祖の神イーウェという意味である。
やがて、イーウェから三人の神々が誕生した。
そのひとりの名は、クメリア=デ=アリエトゥーム=スサ=レイクアム。
もうひとりの名は、デイカ=デ=アリエトゥーム=スサ=エンゲンツァ。
残りのひとりの名は、プラスタ=デ=アリエトゥーム=スサ=ウェルト。
それぞれ、創造の神レイクアム、破壊の神エンゲンツァ、維持の神ウェルトという意味である。これらの神は、まとめてテントルフォン=デ=アリエトゥーメ、第二の神々と呼ばれることもある。
我々が生活している大地をふくめ、全てのものは、レイクアム神によって作られた。そしてまた、彼によって作られたものは、エンゲンツァ神によって大半が無に帰された。この生成と消滅のバランスをとっていたのが、ウェルト神である。ウェルト神はまた、時の神でもあった。
時が経つにつれ、レイクアム神によって創られたものが集まってこのアーケルバスタの世界を作りだした。しかし同時に、エンゲンツァ神によって創られた無もまた集まって一つの世界を作り上げていった。
しかし、この頃のアーケルバスタは、いたる所で生成と消滅が繰り返され、生命の暮せるような所ではなかった。生命が暮すことができるような世界になったのは、皮肉にも、「神々の黄昏」の後のことである。
無限ともいえる時が流れた。
レイクアム神の力によって、アーケルバスタは形を整えていった。
その中で、エンゲンツァ神はしだいに疑問をいだくようになっていった。自分のしていることは何なのか、と。レイクアム神には、ものを創り出す楽しみがある。ウェルト神には、それを育む喜びがある。では、自分には何があるのか。消滅の後には、何もないのではないか。自分は一体何をしているのだろうか…。
この疑問はしだいに大きくなり、エンゲンツァ神を悩ませた。そして、エンゲンツァ神は、レイクアム神やウェルト神に対して妬みに近いものを抱き始めた。エンゲンツァ神は、自分も楽しさや喜びを味わいたかったのである。そこで、エンゲンツァ神はひそかに究極の生物、後にロスタ=デイカ=ザルカターク、暗黒の破壊者ザルカタークと呼ばれるものを作り上げた。
しかし、エンゲンツァ神がイーウェ神によって与えられた力は消滅だけであり、それゆえ、彼が創り出すことができるのは無だけであった。それでも、エンゲンツァ神は自分の力の全て、ついには自らの一部を使って、無の集合であるといわれる暗黒のザルカタークを作り上げたのである。
暗黒のザルカタークは、自分の生みの親と同じく破壊の力だけを持っていた。そして、その力はもっぱらアーケルバスタに向けられた。ザルカタークを創り出すことによって、エンゲンツァ神は自らの力の多くを失っており、ザルカタークを抑えることは、もはやできなくなっていた。
この事態を重く見たレイクアム神はザルカタークを葬ることに、ウェルト神はアーケルバスタを守ることに力を注いだ。
ザルカタークとレイクアム神の戦いは、気が遠くなるほどの長い間続いた。その結果、ザルカタークはおおいに傷つき、レイクアム神はその力のほとんどを失った。この戦いの中で、アーケルバスタそのものが消えてしまわなかったのは、ひとえにウェルト神の力によるものである。
その時、ザルカタークを創り出したことに責任を感じていたエンゲンツァ神は、持てる力の全てを使って、ザルカタークとともに、この頃まとまりつつあった無の世界へ身を投げだし、そこを結界で覆うことによってザルカタークが無の世界の外へ出ることができないようにした。
また、最期にレイクアム神は残された力の全てを使ってアーケルバスタに生命を誕生させた。しかし、ザルカタークとの戦いで力を失っていたため、これらの生命は、一定の時間しかアーケルバスタに存在することができない不完全なものであった。
このようにして、テントルフォン=デ=アリエトゥーメのうちのエンゲンツァ神とレイクアム神がこの世界から姿を消し、ウェルト神のみが残された。これが「神々の黄昏、アリエトゥーマ=バレン」である。
ウェルト神は、このことを悲しみ、統治の男神ヴィンファと文化の女神エクサという夫婦神を創り出した。やがて、ヴィンファ神とエクサ神の間に多くの子供が誕生した。まず星の男神セトが、続いて戦いの女神バトスが、海の男神トリアーヌが誕生した。そして、双子である動物の男神トコロナと植物の女神フィクロナが、歌の女神ソーサが生まれ、最後に、農業の男神モルアグ、商業の女神マル、職工業の男神デコトリアが誕生した。これらの神々は、ミトルフォン=デ=アリエトゥーメ、第三の神々と呼ばれている。
この後は、いろいろな神々の間に子供が誕生し、系譜はよりいっそう複雑になっていく。これ以降の神々は、ラオア=デ=アリエトゥーメ、つまり低位神と呼ばれる。これらの神々についての物語は他の神話に譲ろう。こうして、アーケルバスタにさまざまな神々が誕生した。
また、アーケルバスタの神々の中に生死をつかさどる神がいないのは、今ある神々がすべてウェルト神に源を持つからであり、生死はウェルト神の力の中には含まれないからである。
しかし、忘れてはならない。すべてはフア=トリカ=ナシトルフォン=デ=アリエトゥーム=スサ=イーウェ、唯一絶対の始祖の神イーウェから始まったのであり、我々はその御心の中から逃れることはできないのである。
- 序章おわり -